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近づいた距離の分だけ愛しいから

 とりあえず、土下座の体勢のまま硬直している優香さんを二人がかりで抱えあげ、何とかベッドに寝かせる。

 私たちが散々体を動かしても、優香さんはぴくりとも反応しなかった。どうやら綾美が言っていたことは本当らしい……この様子じゃ、一定時間を超えないと起きないだろうなぁ。

 明日、彼女が起きた時に再び土下座をする勢いで謝罪するような気もするけど……まぁ、そういうことは明日の朝になってから考えよう。

 綺麗な寝顔に苦笑しつつ、私は彼女に布団をかけた。このままでは洋服がしわになってしまうかもしれないけど、さすがに着替えさせるのも、ねぇ……。

 そのまま立ち上がって、一度背伸び。見下ろした彼女の表情は、少しだけ悲しそうな……泣くのを我慢しているような、そんな気がした。

 多分、優香さんも色々追い詰められていたんだろうな。どんなシーンを要求されるのか分からない原画作業のことを考えただけでも緊張するだろうに、今まで隠してきて、出来るならば一番隠したい部分を、一番隠したかった相手に、ある程度さらけ出さなくてはならない状況になってしまったんだから。

 怒涛のような現状が落ち着き、緊張の糸がぷっつり切れてしまってもおかしくない。明日には復活してるといいんだけど……その辺も少し不安になってきたなぁ。

「都、今日はこれからどうするんだ?」

 私がそんなことを考えていると、薫が後ろから問いかける。

 これから……さて、どうしようか。

 私は少しだけ考えた後、振り向かずに尋ねた。

「あの、薫……私も今日、ここに泊まっていいかな?」

 薫にしてみれば迷惑な申し出であることは分かってる。ただでさえ寝床がない部屋にもう一人転がりこもうとしているのだ。しかも、その理由はかなり自己中心的。

 彼からノーだと言われたら素直に引き下がるつもりだったのだが、

「どうしてなのか、聞いていい?」

 先ほどから疑問系での応酬が続いている。薫に尋ねられ、一瞬理由を誤魔化そうかと思ったのだが……それじゃあ意味がないことは、私が一番知ってるはずだ。

 薫の前では自分の感情に嘘をつかないって、決めたから。

「……いくら優香さんでも、優香さんが起きないとしても、薫の部屋で一晩二人きりとか……そういうの、嫌だなって。でも、ここから優香さんを動かすのも無理だから、だったら私もこの場にいたいな、って……」

 少し声が震えてしまったけど、はっきり伝えられたと思う。私はまだ、彼に対してどこまでワガママを言っていいのか分からないから。

 私の言葉を聞いた彼は、背後で軽く息をついて、

「はい、よくできました」

 そのまま後ろから抱きしめてくれる。

「……都がこのまま笑顔でいなくなったら、どうしようかと思った」

「まぁ、私は薫を信用してるけどね」

「俺が緊張するっつーの。明日はバイト休みだけど、自分から神経をすり減らしたくないし」

 心底安堵した様子の薫は、不意に絡めていた腕を離すと、

「ねぇ都、買い物行かない?」

 振り返った私の目に飛び込んできたのは、白くて無地のマイバックを持った薫の姿だった。


 最近のスーパーは深夜まで営業していたり、コンビニのように24時間明かりがついている店舗も決して珍しくない。

 薫の家から徒歩15分くらいのところにも、深夜1時まで営業している大型スーパーがあるのだ。

 彼からバイクと徒歩の選択を迫られ、歩くことを提案。生暖かい風が吹きつける夜道を二人で歩くことにした。

 国道沿いなので周囲もそれなりに明るい。まぁ、道路沿いにある営業を終えた店舗や会社は薄暗くて不気味だからあまり見ないようにするけど……自転車でも並走出来る幅の歩道を、二人、手を繋いで歩いた。

 雲が流れる。明日も今日みたいに晴れるといいけど……色んな意味で。

 私は斜め上を軽く見上げながら、改めて、今日の出来事を思い返していた。

 間接的には奈々がキッカケで中村さんと知り合って、真雪さんと千佳さんまで巻き込んで、優香さんは相変わらず底が知れなくて、綾美は相変わらずで、薫と大樹君は……「ウホッ、いい男」、で。

 今日は色んな意味で濃かったなぁ、と、回想していると、

「明日の朝食は小林さんの分もあるから……」

 薫が何やら一人で計算している。そんな横顔を眺めていると、頬が緩んでしょうがないじゃないか。

 こういう時間は、相変わらず大好き。

「薫は立派なお嫁さんになれるねぇ……」

 私が再び遠くを見つめてしみじみ呟くと、彼が一度、繋いでいる手をギュっと握って、ボソリと一言。

「……俺、やっぱり受けキャラだよな……」

「そんな、何をいまさら」

 からかおうと思ったのだが……そう呟いた彼の横顔があまりにも真剣だったので、言いかけた言葉を飲み込んだ。

 あらら?

「薫、いきなりどうしたの? 今日だって大樹君とノリノリだったじゃない」

 見ている私は色々複雑だったけど。

 思わず心配になった私に気づいてくれた彼は、「いや、そんなに大した悩みじゃないんだけど」と前置きしてから、

「ただ、大樹の攻めが色々凄くて……つい」

「ちょっと薫!? 私の親友じゃなくて自分の親友と浮気するつもりなの!?」

「違うって! いや、あの時の俺は自分でも何かネジが外れていたなー、って思い返してたら、終始大樹におされてたことに気づいたんだよ!」

「っていうか……薫が大樹君と勝負して敵うわけがないじゃない。薫は生まれた瞬間から男性に対しては受けだって決まってるんだから」

「そうだったのか!!」

 ……多分ね。

「それにほら、えっと……何だっけ。優香さんが言ってた「誘い受け」ってやつ? 薫も多分、そういうタイプだと思うよ」

「誘い受け……誘い受け……」

 何やら呪文のように繰り返していた薫だったが、やがて――深く、ため息をついて、

「……まぁ、世の中には受けキャラも必要だよな」

 と、自分を納得させるように呟く。

 そんな会話を続けていると、スーパーの明かりが近付いてきた。


 明日の朝食用の食パンと牛乳、卵等を買って、来た道を引き返す。

 行きは繋いでいた手で、帰りはバックの紐を握った。私たちの間で揺れるマイバッグが、少し、くすぐったい。

 ……同棲してる二人みたいだな、とか、思われたりするんじゃないだろうか、とか。

 薫が私と同じことを思っているかどうかは分からない。でも、そう思えるだけの関係になれたことが……素直に、嬉しい。

「私たちってさ、貴重な出会いだったんだろうね」

「都?」

「あ、ほら……私は薫にギャルゲーのことを隠す必要もないし、薫だってBL本を読んでることを隠さなくていいでしょ。綾美や大樹君もいるから、こういう関係が当たり前だって思ってたけど……」

 薫は「そうだな」と、相槌を打ちながら、私の言いたいことを察してくれている。

「優香さんと中村さん……私たちよりずっと長い間一緒にいた二人でも、そういう隠し事があるんだなぁって、改めて思ったの。隠したくないけど知られるのも怖い、自分と趣味が合わないってだけなら割り切れるけど相手に嫌われたくないから、どうすればいいか分からなくなっちゃうんだろうね」

「都だって、俺に隠してることはあるだろ?」

「んー……隠してるっていうか、言っていないことだったらあるかもしれないけど、聞かれたら今この場で言えるようなことだよ、多分。優香さんみたいに必死になって隠すようなことはないつもり」

 ちらっと薫を見上げ、少し怖いけど尋ねてみる。

「薫は……ある?」

「……意図的に隠してることは、もうないよ」

「そっか。良かった」

 今は素直に信じよう。そう思えるから。

 同時に、私たちがどれだけ強運の下で出会い、打ち解けたのか……改めて感じた。現状が幸せだから、私はその結果に心から感謝することが出来る。でも、もしも……。

「私も、薫と出会ったのがあの場所じゃなかったら、ギャルゲー好きってことを告白するまでに、時間がかかっただろうなぁ……」

 彼と出会い、彼のことを好きになったとしても……二次元の女の子が沢山出てくるゲームを好んでプレイしている自分を彼が受け入れてくれるのか、変な目で見られたり、軽蔑されたりしないだろうか……そんな不安が付きまとったに違いない。

 そしてそれは、薫だって同じことだろう。

「ゲーム雑誌の広告とかで見たんだけど、最近はオタク同士限定の出会い系サイトとか、婚活イベントとかあるんだって。やっぱり、いくら趣味でも……同じ仲間じゃないと、まだまだ言いにくいことなんだよね」

 私もその広告を見た時は驚いたけれど、それは、今の私が自分の好きなことを主張できる環境にいる、否定せずに聞いてくれる仲間がいるからなんだ、って……しみじみ感じる。

「あ、でも、誤解のないように言っておくけどね」

 ただ、

「私は……薫だったら、どこで出会ってても結果は変わらないって思ってるから」

 今、こうして薫と一緒にいるのは、彼が私のそういう要素を早々に受け入れてくれたからだけではない。そこだけは誤解してほしくなかったけれど、きちんと伝わったかな……。

「……」

 ……あれ?

 薫が何も言わないから、少し不安になって横目で見つめた。

 そんな私の視線に気づいた薫は、半ば強引に、私が握っていたバッグの紐を奪う。

 そのまま反対の肩にかけ、行き場をなくした私の手に自分の指を絡める。結局行きと同じように手を繋いで並んで歩く体勢に。

「え、あの……薫?」

「……今日は手を繋ぎたい気分なんだっ」

 私、彼を怒らせてしまったんだろーか……。

 自分の言葉を振り返って軽く凹んでいると、薫は少しぶっきらぼうに続ける。

「部屋に帰ったら……これ以上のことするからなっ!」

「へっ!?」

「都が急に可愛くなるのが悪いんだっ!!」

「ちょっ……それ、褒めてるのかなぁっ!?」

 見上げた彼の横顔は、夜の暗さではっきりとは分からなかったけど……耳まで赤くなっているように見えて。

 一連の行動が照れ隠しだと確信した私は、こんな提案をしてみた。

「……腕」

「都?」

「手を繋ぐのも好きなんだけど、たまには……その……腕とか組みたいなぁ、とかっ……思ったん、です、けど……」

 今度は私が恥ずかしくなって語尾がおかしい。でもこれが、今の私の精一杯で、本心だから。

 だから、

「薫の返事なんか聞いてないっ!!」

 今度は私から半ば強引に手を振りほどき、そのまま腕を組んだ……というか、しがみついた。

 彼の部屋以外でこんなにくっつくのは珍しいこと。でも、バスでのこともあるし、今は周囲に誰もいないし!

「今日の都は甘えん坊だな」

 私に歩調を合わせつつ、薫が笑いながら呟く。

 緊張で顔が上げられないので、前を向いたまま言い返した。

「……ダメっすか?」

「ダメじゃないよ」

 ……よかった。行動してから確認する小心者ですから。

 彼の部屋まで10分ちょっと、いつも以上に足もとへも気を遣いながら……顔がニヤけてしょうがなかった。


 結局その日は二人で床に毛布にくるまったまま転がって。

 案の定、

「わ、私ったらなんてことを!! 本当に申し訳ありません!!」

 翌朝目覚めた優香さんが顔面蒼白になって謝罪する様子を、苦笑いでなだめることになったのだった。

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