第14話 空飛ぶメイド隊
第04節 新時代の戦争〔3/7〕
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新暦2年6月1日(カナン暦707年夏の一の月の20日目)、ビジア軍三千がアプアラに向けて進発した。
ビジア領都オークフォレストからアプアラ領都ウーラまで、通常の進軍速度であれば10日ほど。けれど、鎧もつけずに輜重隊も連れなければ、3日かからず到着出来る(軍馬はドレイク王国からの貸与で、妖馬だった)。
ビジア軍兵は鎧もつけず、最小限の荷物しか持たずにオークフォレストを出た。その為、手持ちの食糧は三日分で、秣に至っては一日分しか持っていない。これではウーラに辿り着くことは出来ず、辿り着けても戦えない。事情を知る幹部たちはともかく、中隊長級以下の皆は不安で一杯だった。
だが、夕刻まで行軍し、野営地の設営をしないにしても部隊の休息を考えなければならない、というタイミングで、前方に軍旗がはためいていることを確認した。
その軍旗が示す国籍は、ドレイク王国。
ドレイク王国軍の部隊が既に先行し、ビジア軍の野営準備を整えていたのであった。
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軍の行軍速度は遅い。それは武装し、食糧や野営の為の機材などを持参し、更には(場合によっては)攻城戦の資材なども輸送しなければならないからである。
騎士や一般兵に輸送の労まで負わせない為に、それを専門にする部隊『輜重兵』という兵科を設けるのが普通だが、この輜重隊、戦闘力は無いにもかかわらず行軍速度は遅く、しかし軍の行軍速度は輜重隊に合わせなければならないので、他の兵科からは(文字通りの)「お荷物部隊」と看做されてしまう。
旧日本帝国陸軍の俗謡にも、「輜重輸卒が兵隊ならば、蝶々蜻蛉も鳥のうち」などと詠われていた時代もあった。
物資の輸送は、中世(戦国時代)の頃は専門の兵科を持つのではなく従軍商人に輸送をさせ、現場で必要量を購入するという手段を採っていた。
時代が下って近代初期、輸送専門の人足を雇用し部隊に同行させたのである(この人足が俗謡にある「輜重輸卒」だが、後年輜重兵そのものを嘲弄する為に「輜重輸卒」という言葉が使われるようになる)。
そして近現代。物資は補給拠点を作り、そこから前線に輸送するという方式を採られることになった。この補給拠点を兵站拠点という。この方式を採ることで、拠点構築完了後の、第二軍以降の部隊は輜重隊と行軍速度を合わせる必要がなくなり、迅速な作戦展開が出来るようになったのである。
ちなみにこの世界の過去、カナン帝国で入間史朗が行った、後方に於ける計画的増産と輸送効率の向上の為の道路の整備。これも、広義の兵站に含まれる。
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猛禽類は、自身の体重の三倍近い獲物を持ち上げることが出来るという。
有翼獅子で構成される有翼騎士団は、その力で一騎当たり約400kgの荷物を運ぶことが出来るということだ(騎士たちが体重の軽い女性であることも、輸送量の増大に寄与している)。
そしてその飛翔力は高く、ネオハティスからリーフ王国首都ワルパまで、一日で往復出来る。ましてやオークフォレストからウーラまでであれば、三往復は出来るだろう。
その飛翔力・輸送力を活かし、地上で先行展開している特務部隊と連携して、ビジア軍の進路の安全確保を行い、野営予定地点でパンを焼きシチューを煮込み、「喉湿し」(水で薄めた蒸留酒)も用意する。また寝所と厠の準備をし、そして到着したビジア兵に蒸した手拭いを渡して迎え入れた。
このドレイク王国軍有翼騎士団。「騎士団」と言いながら虎の子であり、式典などには参加しない。
また、騎士本人が軽量であればある程輸送力が増す為に、鎧を着込むことはせず、軽装で騎乗することを想定していた。ところがこの有翼騎士団のコンセプトを知り、その騎士団長に立候補しそのまま就任したのは、元ルシル王女の侍女長であるアナ。アナは、まず騎士団の制服に注文を付け、その他の細かい部分までも自分の構想で設計した。
アナの趣味(?)で、有翼騎士団の制服は、メイド服になった(但し防寒対策は十全であり、スカートの下は乗馬ズボン)。
ご主人様の征く道を、
塵一つなく掃き清め、
その身を休める場を作り、
食事や寝所の支度する。
けして表に出ることなく、
お呼びとあらば、すぐ見参。
これぞ正しく、メイド道。
メイドのその背に、翼あれ!
その在り様から、有翼騎士団は「空飛ぶメイド隊」、と呼称されるようになるのであった。
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翌、6月2日。
携行食を渡され、朝早くに野営地を出発したビジア軍(後片付けも有翼騎士団のお仕事)。まだ日が高くないうちに、国境の関を突破した。
国境の関のビジア側はともかくとして、アプアラ側は既に壊滅。ドレイク王国軍の特務部隊によって、一人残らず殺害されていたのだ。
そのまま文字通り無人の野を進軍し、ウーラまで現在の進軍速度で2時間ほど、という地点で、二日目の野営準備がされていた。
ここでは、蒸したタオルどころか順番に湯を浴びることも許され、そして清潔な服と、武装を渡された(ここ、敵国の領内だよな?)。
貸し与えられた鎧は、蟻甲製。槍は、蟻槍。
牛革製(と見せかけて、牡魔牛の革)の馬鎧と、神聖金剛石でコーティングされた、鉄製の小剣。
サイズの確認等でごたごたはあったが、敵の眼前で装備を渡されることなど誰も想像していなかった。
6月3日早朝。ビジア軍はアプアラ軍に対し、戦闘展開をする。
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アプアラ軍にとって、ビジア軍の侵攻速度は悪夢以外の何物でもなかった。
夏の一の月の20日目に、ビジア軍がオークフォレストを出発したことは、その日のうちに密偵から報告が来た。
翌朝、軍編制の指示を出す。各地に展開している部隊を招集するのに、5日もあれば事足りる。そして相手は、フェルマール最弱のビジア軍。大したことは無いだろうと考えていた。
が、その日の夕刻。ウーラの至近の地点で既にビジア軍三千が集結していると聞き、アプアラ軍(正確にはアプアラを支配しているリーフ軍)は、耳を疑ったのだ。
軍兵を招集するどころの話じゃない。
王都に常駐するアプアラ軍五千と、駐留するリーフ軍一千のみで戦わなければならないのだ。
その兵数はビジア軍の二倍といっても、この状況では何の慰めにもならない。リーフ軍は本格的な戦闘を予定していなかったし、リーフに頭を抑えられているアプアラ軍の士気は最低に近い。全軍出陣しなければ勝利は覚束ないが、そうすると今度はウーラの治安維持に支障を来す。
その夜、アプアラ軍はほぼ徹夜で部隊編制を行い、夜明け前になんとか布陣することが出来たのである。
(2,979文字:2016/09/07初稿 2017/08/31投稿予約 2017/10/06 07:00掲載予定)
【注:「輜重輸卒が兵隊ならば~」という俗謡の作詞者等は不詳です。西南戦争の頃から詠われ始めたと言いますが、現在の自衛隊戦地派遣論の中でもこの謡が詠われることがあります(自衛隊=輸送隊=輜重隊=兵隊じゃない、という屁理屈)】
・ 普通、戦争の兆候はかなり早くから気が付きます。武器や資材、糧秣や軍馬などの手配の状況を追うだけで、侵略軍の規模や侵略軍が予定する戦闘期間などを予測出来るのです(だからこそ、その兆候に気が付かなかった『毒戦争』時代のフェルマールは国を挙げて無能と誹られる)。が、今回のビジアの場合、まずはムート王子からの討伐命令があり、次いで兵士の招集がありましたが、軍馬や糧秣の手配を一切行っておりませんでした。そのことから、アプアラ(リーフ)側はビジアの行動開始時期を読み違えていたのです。加えて、通常防衛側は戦場を選ぶ余裕があります。情報伝達も侵攻側より有利という事もあり、本来ならビジアが侵攻を開始してから防御陣地を構築しても間に合った筈なんです。ビジア側(ドレイク王国)に有翼騎士団という、騎兵隊より機動力があり、斥候隊より索敵能力があるチートな輜重隊がいなければ。
・ 有翼騎士団の任務の一つに、特務部隊の輸送があります。空挺降下は現実的ではないものの、作戦区域近くまで特務の兵士を同乗させることを想定して、はじめから鞍は複座となっています。
・ 〔アイテムボックス〕は、増産が間に合わず、一部の騎士たちしか所有していません。ちなみに〔アイテムボックス〕は、水の輸送に使用。有翼騎士団だけで攻城戦の水攻めが出来るくらいの水量を備蓄しています。
・ 有翼騎士団の制服であるメイド服は、長袖ロングスカートです。ご主人様やお客様の目を楽しませる接待メイドではなく、家事全般を執り仕切るメイド・オブ・オールワークスですので、肌を見せるようなはしたない真似は致しません。但しグリフォンに跨る関係上、足を開く必要からスリットは深い(けれど下にズボンを穿いている為肌は見えない)のですが。言い換えれば、スカート自体が一種のフリル。




