第32話 魔王誕生
第06節 魔物の王と人の王〔3/3〕
「ではそろそろ始めようかの」
俺は真竜・クリスのマスターとなる。とは言っても、何をどうすれば良いかは全くわからない為、リリスにお任せすることになるが。
「なに、参考にするのは奴隷契約そのものよ。
両者の合意事項と禁則事項を定め、その範囲に於いて権限を委譲する。そのままじゃ。
ただ御屋形様よ、此度の場合、この山を守り、鎮めることは、クリスの力を使うことに伴う『義務』になるが、宜しいかの?」
「山を鎮めることは俺も望むことだから構わないし、山を守ることはこれからの俺の望みにもなる訳だから問題ない。この山から出られなくなるのならちょっと不都合があるだろうが……」
と、多少の懸念を口にしたところで、クリスがそれを払拭した。
「確かに山から離れれば、力が山に届かなくなることもあろう。
が、我と汝のどちらかが山に居ればそんな問題はなかろうし、仮に二人とも山を離れても、一月や二月でどうこうなるとも思えぬ」
「おっけ。なら問題ないな。
そうしたらリリス。頼む」
「あいわかった。」
と、次の瞬間、俺の脳が“名状し難い”圧力と鈍痛に襲われ、刹那の後意識を手放した。
◆◇◆ ◇◆◇
「ご主人様!」
アディと、話をしていた真竜がいきなり失神したのを見て、シェイラは普通に取り乱した。
「心配することはないぞよ、シェイラ殿。御屋形様はダンジョンマスターとなる為必要な知識や能力を刷り込まれておるだけじゃ。じゃがその情報量が膨大なものであったが故、人間の処理能力を超えてしまい意識を手放したというだけじゃからの」
「……それって全然『大丈夫』とか言える状況じゃないと思うけど?」
流石のサリアもツッコミを。
「ではサリア殿にわかるように例えて言うのなら、大量のデータを入力する為に、他の全てのウィンドウを閉じたのじゃ。否、それだけでも足りずにOSを一時的にシャットダウンした、ということかの?」
「……そういう事情なら、了解。つまり後は待つしかない訳ね。
どれくらいかかりそうなの?」
「インストール・プログレスバーは現在、3%を指しているといったところかの?」
「……それって99%になったら進行が止まっていつまで経っても100%にならない、っていうオチ?」
「かもしれんのぉ」
「否それとも、100%になったと思ったら『再起動してください』っていうメッセージが出て、また10%くらいのところからやり直しになった挙句、『アップグレードに失敗しました』って言われる、とか?」
「流石にそれはあるまい。何らかの問題が生じたとしたら、御屋形様の心身に何らかの変化が生じることでそれに対応することになるのじゃろうがのお」
「心の底から不安だけど、待つしかないんじゃ待ちましょう。
シェイラ、スノー、ルビー、カレン。ここで野営の準備をしましょう。
大荷物は全部アディが持っていたけど、私たちが野営出来るくらいの物資はそれぞれが持っているでしょう?」
緊急事態に備えて、皆それぞれが食料と野営の為の最小限の物資を持ち運ぶ。それは出発前にアディに言われていたこと。
アディがいる旅の快適さに慣れていた為、自分たちで雨風避けの天幕を張ったり火を熾したりすることは、かなり苦労した。それが当たり前だったカレンが一番活躍したのは、だから当然だったかもしれない。
そして干し肉と乾燥野菜を戻したスープで腹を満たし、お茶を淹れて寛くことにした。
◆◇◆ ◇◆◇
「ところでリリスさん。私からも一つ、質問させてください」
「何かの?」
リリスたちとご主人様の会話を聞いていて、シェイラには気になることがあったのだ。
「迷宮核と迷宮主の関係は、奴隷とその主の関係に似ている。そう言いましたよね?
もしそうなら。リリスさんとご主人様も、同じような契約を交わしていたのではないですか?」
そう。リリスと初めて会った時。
リリスはアディの精神に直接接触し、その記憶を取り込んだ。
そしてその後リリスはアディの奴隷となることを宣言した。
勿論、それは人間同士の〔契約魔法〕に拠る奴隷契約とは違うだろう。しかし、今聞いた話を踏まえてその儀式を考えた時。それはダンジョンコアとダンジョンマスターの契約の儀式に似ている。
「やはりシェイラ殿は気付いたか。
そうじゃ。此度の契約は、あの時の妾と御屋形様の間で交わした契約を参考にして組み立てておる。
そしてシェイラ殿が気付いたように、御屋形様は既に『ベスタ大迷宮』のダンジョンマスターたる資格を有する。……今では『ベスタ大迷宮』のみならず『リリスの不思議な迷宮』の、というべきかの」
「……それってとんでもないことなんじゃないの?」
不安げな表情で、スノーが口を挟んだ。
人間がダンジョンマスターとなる。事実そのようなことが出来るのなら、その価値は計り知れない。当然、世界中からその身柄を求められ、その力を望まれるだろう。その意味ではアディが「王になる」と決断したことは間違いではない。
寧ろ今まで何もなかったことの方が、奇跡に思えてならない。
「とは言うても、妾はそのことを御屋形様には伝えておらなんだからの。
そして御屋形様も、妾を崇めず、妾の力を求めないと誓うてくれた。
だからこそ、安心して委ねることが出来たのじゃ。
これから御屋形様は、王となる。
然れど御屋形様の心の在り様が変わるとは思えぬ。
ならこれからは、妾の力とて、便利に使ってもらえば良いのじゃ」
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ふたりのドラゴンが管理するダンジョンは、以下の通りの複層構造となっている。
○『リリスの不思議な迷宮』(DM:リリス)
>『ベスタ大迷宮』(DM:リリス――但し管理放棄物件――)
>『鬼の迷宮』(DM:牛鬼王)
(注:旧ハティス鉄鉱窟・同炭鉱・ビリィ塩湖地下鍾乳洞は、まだダンジョン化していない)
○『竜の山』(DM:クリス)
>『竜の食卓』(DM:クリス)
>『不帰の森』(DM:森妖精の里の神樹)
>『ブルゴの森』(DM無し・コア無し……山から漏れ溢れる余剰魔力で領域を構成)
下位のダンジョンマスターは、上位のダンジョンマスターの意に反しない限り、その領域の支配権を持つ。
そして、今後これら合計7つのダンジョンが、アディの支配下に入るということになるのだ。
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◆◇◆ ◇◆◇
世界の二大ダンジョン。その両方の支配者たる、「魔物の王」。
アディが冗談で口にした「魔王」の称号は、どうやら現実のものとなるようだ。
(2,940文字:2016/08/03初稿 2017/06/30投稿予約 2017/08/19 03:00掲載予定)
【注:「名状し難い」とは、クトゥルフ神話の邪神「ハストゥール」(Hastur)を「名状し難きもの」と呼ぶことから、ラノベなどでは『神話』に関わるものを暗喩する場合によく使われます。
「刹那」とは、数の単位で10のマイナス18乗(0.000 000 000 000 000 001)を意味しますが、原典である仏教用語としては純粋に「一瞬にも満たない時間」を表現しています】
・ 「100%になったと思ったら~『アップグレードに失敗しました』」というネタは、某M$社のOSアップグレードに纏わるトラブルのメタファーです。
・ リリスとアディの契約は、特殊です。そもそも契約当時はダンジョンマスターの権限を委譲することは想定していませんでしたし。
クリスとの契約はすぐにその権能を使うことが前提の為、スタートアップに時間をかけ、リリスはスタートアップでランチャーを起動させなかった(だから短時間で起動出来た)かわりに運用中の空き時間・空き領域を使ってアプリケーションをセッティングした。そんな感じです。




