第33話 南風
第07節 新しい歴史〔1/4〕
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季節外れの、南風。
それが、予兆だった。
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その日。暦は冬の一の月。
この時季は、『竜の山』からの颪で急激に寒くなる。
ボルド市郊外の難民村で冬を越した時も、この北風はかなり堪えた。当時の難民の中にも体調を崩す人が続出し、市の幹部とアディ達はてんてこ舞いだった。
そして今年は、ボルド河を挟んで更に山に近く、その風は刺すように冷たい。
ところが。
その日、急に風が凪いだかと思うと、まるで巻き戻すかのように強烈な南風が吹いた。
その南風は山肌を駈け上り、『竜の山』の頂を目指しているかのようだった。
ハティス市民は知っている。
今、そこに。
いきなり吹き荒れた南風が目指す先に、彼らの英雄にして騒動の元凶たる青年(もう「少年」と呼ぶ年齢じゃない)がいることを。
そして、彼らの予感を裏付けるかのように。
『竜の山』に、星が落ちた。
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有史以来三度目(カナン暦705年に入って二度目)となる、星の落下。
そして過去に起こった二回は、共に『彼』がその場にいたことが確認されている。なら。
彼は今、そこに戦いに赴いている。
そこに星が落ちるのなら。それは即ち、彼がその戦いに勝利したということだ!
ネオハティスの住民のうち、旧ハティス市出身の者たちは、皆それを確信し、沸き返った。
けど、単純に喜べない者たちもいた。
ネオハティス町行政当局の一同である。
真竜が斃れたのなら。
そして、『ブルゴの森』が迷宮であるのなら。
それがどのような影響を齎すのか、想像もつかないからだ。
しかし、想像出来ない以上対策の取りようもない。なら、心構えだけしておいて、あとは臨機応変に対応しよう。
星が落ちた翌日。彼らは臨時の会合を開き、そう結論付けたのだった。
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町長代理をはじめとする市当局関係者との協議を終えた、冒険者ギルドのギルドマスター・オードリー。有為なようでいてその実全く中身の無い会合が終わり、仮庁舎を出た時だった。
上空から、一羽の猛禽が急降下してきた。
ロック鳥ほどの大きさはなく、しかし普通の鷲や鷹より一回り大きいそれは、明らかな魔鳥だった。
護衛の冒険者たちは剣を抜き、この魔鷹と向き合おうとしたのだが。
「……ちょっと待って! これ、違う」
オードリーの言葉がその行動を制した。
その眼に知性の光が見えたとか、殺気を感じられなかったとか。
そんな事情ではない。ただ単に、魔鷹の降下地点がオードリーたちの立ち位置から三歩ほど先の地面だということに気付いたからである。
果たして、魔鷹は彼らの前に舞い降りた。
ここまでくれば、たとえ愚鈍であれ敵意が無いことがわかるだろう。
そして、魔鷹は器用にもその嘴で、足に括り付けられていた紙片を解こうとしていた。
「その紙を取りたいの?」
つい、声をかけた。
魔鷹のその様が滑稽にも見え、敵意どころか愛らしささえ感じていたからである。相手が人間の言葉を理解出来るかどうかなど、考えることもなく。
しかし、魔鷹はまるでその言葉を待っていたかのように一声鳴き、わざわざ一本立ちして跳ねながらオードリーの許まで寄って来た。そして、紙片の括り付けられている方の脚を、爪を畳んで前に出した。
「賢いのね。これを取れば良いのね?」
解き、そして改めて紙片を魔鷹に差し出すと、しかし嘴でそれを押し返された。
「私に読めと言うの?」
魔鷹、更に一声。
この時にはもう、大体のことが予想出来ていた。
常識で考えれば、そんなことは有り得ない。
けど、『彼』に常識など初めから通用しない。
なら、そんなこともあるだろう。
そして、紙片を開くと。そこには見知った筆跡で、想像通りのことが記されていた。
《 攻略完了。これより帰投する。
伝達事項があればこの鷹に委ねてほしい。
――アドルフ 》
溜まった書類の山を全部魔鷹に持って行ってもらおうか。
一瞬、オードリーがそう思ったとしても、おそらく誰も責めはすまい。
オードリーは、護衛の冒険者たちに魔鷹の餌になる肉を取ってこさせ、自分は踵を返し、町長代理の許に走った。
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「行政側でも、彼の決裁を必要とする書類が山成しています。
けど、それを全て運ぶ為には、鷹ではなく竜が必要でしょう。
竜を派遣してもらうか、それが出来ないのなら一日も早く戻ってきてもらう方が有り難いですね。
……でも早急に決裁してほしい書類は、やっぱり鷹に運んでもらいましょう」
「とても良いアイディアです。私もそうしようと思っていました。
けど、あまり多くの書類を鷹に届けてもらったら、彼、山から下りて来なくなるんじゃないでしょうか?」
「それは問題ですね。ではあまり仕事が溜まっていないと思わせる為にも、運んでもらう書類を厳選する必要があるようですね」
町長の執務室にて。
あまりに呑気な手紙を読み、町長代理とギルドマスターの二人は、気が抜けた表情でそんな物騒な話題で盛り上がっていた。
「それにしても。魔獣を従えるなんて、彼は一体何をしたのか。
先程の会議で話し合った、どのようなパターンとも違いますよね」
「そうですね。全く、彼は何処まで私たちの意表を突けば気が済むのか。
けれど真面目な話。鷹が手紙を運んでくれるというのなら、この距離を気にしないで済む分助かります」
「確かに。けどどちらにしても、彼が今どういう状況なのか。
もう少し詳しく知りたいですね」
「では冒険者ギルドとして、その報告書の提出を要求することにしましょう」
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仮庁舎の前では。
はじめは魔鷹ということで、役人や市民のみならず冒険者たちからも遠巻きにされていたのだが、与えられた肉を啄むその様子に、凶暴さより可愛らしさの方が先に立ち、女性の多いネオハティス市民の心を鷲掴みにしていた。
けど、彼らの均衡を破ったのは、怖いもの知らずの子供たちだった。
そろりそろりと近付いて、肉を啄んでいるその背に指を伸ばした。
普通の野生動物なら、このような行動をすれば、咬みつかれたり嘴で突かれたりしてもおかしくはない。しかし魔鷹は、一度視線をそちらに向けただけで、興味を肉に戻した。
そして子供がその背を撫でても、気にした素振りを見せなかったのである。
それを見た若い女性の市民たちは、大挙して魔鷹に触れたがり、その美しい羽根や背を撫で回したり、手ずから肉を与えたりしたのである。
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町に下りて、僅かな時間で人気者になったこの魔鷹。
後に「ノトス」と名付けられ、『魔王陛下の先触れ』として、世界中にその名を馳せることになる。
(2,939文字:2016/08/03初稿 2017/06/30投稿予約 2017/08/21 03:00掲載予定)
【注:南風は、天候急変の予兆として日本の漁師たちは警戒するそうです。また「ノトス」はギリシャ神話の南風の神の名です。Wikipediaによれば、ノトスは「晩夏と秋の嵐を運んでくると考えられ、農作物の破壊者として恐れられていた」のだとか】
・ ネオハティスの住民は、旧ハティス市出身者と、ボルド市救護院で難民をしていた者たち、そしてネオハティス市が拓かれてから移住してきた者たち、の三派で構成されています。
・ 鷹なのに、鷲掴み。けど鷹と鷲は、大きさが違うだけの同種の鳥なんです。
小さいのが鷹で大きいのが鷲、とか、人間が飼い馴らせるのが鷹で飼い馴らすことが出来ないのが鷲、等と謂われますが、例外があるから厄介です。




