第31話 ダンジョンとダンジョンマスター
第06節 魔物の王と人の王〔2/3〕
迷宮核とは、ダンジョンを支える魔石。
“ドラゴン”とは、その身より溢れ出る余剰魔力のみでダンジョンコア足り得るだけの力を持つ魔石を有する魔物。
その為、ドラゴンはダンジョンコアでありながら、迷宮主を兼ねる存在であった。
現に、『廃都カナン』はタギ=リッチーが、『ベスタ大迷宮』ではリリスが、そしてこの『竜の山』では真竜が、それぞれ“ドラゴン”として君臨していたものの、他にマスターを置いてはいなかった。
しかしそれは、「ダンジョンマスターを必要としていない」というだけで、「ダンジョンマスターを擁立出来ない」訳ではない、ということだ。
はっきり言って、タギ=リッチーやリリスが、他の誰かをマスターにして領域の支配権を委ねる、という状況は想像出来ない。これは二人の人格の問題であって能力の問題ではない。
それに対し、この『竜の山』。というよりも、『竜の食卓』の支配権については、俺は切実に欲している。そして、その「主」たる真竜は先程屈服させた。のなら、それを要求するのは、正当な権利といえよう。
そしてそう考えた時。確かに真竜を屠り、素材にしたうえで、物理的(純軍事的)な支配権をこの『竜の食卓』で確立するより、真竜そのものを従え、ダンジョンマスターとして『竜の山』を支配した方が、余程利益になる。
ならリリスの提案は、俺が『竜の食卓』に来ると決断する前に想定していた成果以上のモノを俺たちに齎してくれるということになる。
「ではそろそろ答えを聞いても良いかの?
御屋形様よ、この地のダンジョンマスターたることを望むかや?」
「ああ、望む。
この山の、この平原の、そして裾野に広がる大樹海の、その支配権を、俺に寄越せ」
「龍の。其方の意思はどうじゃ?」
「無形の王よ。その前に、この人間の戦士に尋ねたいことがあります。
人の子よ。我を斃さんと欲し剣を向けた戦士よ。
汝は我を斃した後何を為さんと目論んだ?
そして今、我を支配し何を為さんと欲す?」
「俺が望むモノは、俺が守りたい者たちが穏やかに暮らせる土地だ。
その為に必要なら、真竜と『竜の食卓』に棲まう全ての魔物を殺し尽くすことも考えていた。
しかし、もし俺がダンジョンマスターとしてこの地に君臨することが出来るのなら。
この地に棲まう魔物たちさえも、『俺が守るべきモノ』になる。
なら、棲み分けを考え、お互いの領域を尊重し、共存することを選択する」
「魔物と人との共存。そのようなことが出来るとでも?」
「ダンジョンマスターになら、それは可能だ。
難しい話じゃない。その領域内に、人が支配する領域と魔物が支配する領域で線を引けば良い」
人の領域に棲まう魔物は、人の力で安寧を約束される代わりに、人の都合で屠殺される場合もある。家畜となり安全に生き、使役獣として使われ、人の都合で繁殖を管理され、肉や毛皮を提供する為に殺される、ということだ。とはいっても場合によっては自然・野生で生きるよりも、その個体数を増やすことが出来るかも知れない。
逆に魔物の領域は、魔物の法が支配する土地。即ち弱肉強食。それは人間であっても例外じゃない。仮に人間が魔物の領域に集落を作りたいと望んでも、俺の隷下にある戦力でその集落を保護することはしない。そこで生き抜ける力ある人間が集落を作るのなら、そこに『人間』という名の魔物が生息域を作るというだけのことなのだ。
「俺もアンタに聞きたいことがある。
アンタはさっき、リリスに『今ここで死ぬ訳にはいかない』と言っていたな。
何故だ?」
「この世に生きるモノが、生き続けることを望むのはそれほどおかしなことか?
そしてこの地に生きるモノが、この地に棲まう魔物たちに愛着を持つことも、不思議なことではあるまい。
我は、竜の山の地下に眠る炎の塊。そのエネルギーを汲み上げてこの地を守る力としている。今我が死ねば、それほど時を置かずしてこの山は火を噴くだろう」
……そんなことをしていたのか。
確かに地熱を利用した気候制御は、前世でも研究されていた。
熱交換でマグマの熱を別の形で活用出来れば、当然火山の内圧を抑えることも出来、噴火のリスクも低下する。
けど、その“抑える力”がある日いきなり消え失せたら、確かに遠からず噴火するという危険が生じる。が、それは数百年後、という分析も出来る。
とはいえそのリスクは、麓に作ったネオハティスの町のみならず、河向こうのボルド市も無視出来ないだろう。
「成程。そういう事情なら、俺たちにとっても今死んでもらっちゃ困るな。
なら俺が出来ることは、この選択が誰にとっても善きことになるように努力する、ということだろう」
「では我も、汝に我が力を委ねることを認めよう」
「どうやら話は纏まったようじゃな」
「で、具体的にはどうすれば良い?」
「決まった方法などは無いよの。何せ、前例の無いことなれば。
じゃが龍と御屋形様の間に道を繋ぐ必要がある訳じゃから、妾が媒介することにしようぞ。
けれどその前に、御屋形様よ。彼の龍に、名を与えてはくれまいか?」
「名を?」
「名はその本質を縛るからの。御屋形様が妾を『リリス』という名で縛ったように」
「縛ったつもりはないんだが」
「『何ものにも縛られない』という縛りを与えておる。其は妾の本質と矛盾せなんだから、妾は何も変わらずいられるがの」
「そうか、なら――
真竜、アンタの名は、『クリス』だ」
「クリス。それが我の名か」
「フム、新天地を見出しし者、か。とすると、『竜の食卓』は差し詰め『アメリカ』かの?」
「俺、その名は嫌い。
それに『クリストファー』の語源は『聖者を背負う者』(クリストフォロス)だ。この山を背負い、ここに住まう魔物たちを背負い、そしてこれから俺が作る国を背負う守護竜となるモノに相応しい名だと思うが?
それに『リリス』と『クリス』でお揃いだし」
「無形の王と揃いの名であり、また『聖者を背負う者』という意味を持つ名、か。有り難く頂戴しよう」
(2,795文字:2016/08/01初稿 2017/06/30投稿予約 2017/08/17 03:00掲載予定)
【注:『クリス』という名を指してリリスは「新天地を見出しし者」と称していますが、これはアメリカ大陸を発見したと謂われる「クリストファー・コロンブス」の名にちなみます。
また、「クリストファー」の語源については、Wikipedia「クリストフォロス」の項(https://ja.wikipedia.org/wiki/クリストフォロス)を参照しております。
「リリス」という名は「奔放な女性」を暗示しており、“奔放”は「伝統や世間のしきたりを無視し、思うままに振る舞うこと」(岩波『国語辞典』第四版より)を意味します。つまり、「リリス」という名は、「貞操観、倫理観、価値観。ありとあらゆるしがらみを無視し自由に振る舞う女性」の名でもあるのです】




