第13話 姉弟妹の選択
第03節 竜の山へ〔2/5〕
その夜。
スノーたち姉弟妹は、皆揃ってネオハティスの俺たちの館にある、スノーのベッドで一緒に寝た。
このベッド。当初はボルドの部屋と同じく所謂セミダブルサイズのベッドにするつもりだったのだが、男爵夫人に叱られた。曲がりなりにも王女様を、そんな狭苦しいベッドに寝かせるべきじゃない、と。
で、所謂キングサイズ(セミダブル二つ分)のベッド(マットレスはS式クッション。掛布団はビジア産の絹で編んだ中に、最上と謂われる鵞鳥の羽毛を詰めたモノ)を作ることになったのだ。
スノーの寝室から、「まって、待ってよ。何よこのベッド!」という悲鳴が聞こえてきたのは、それからすぐの事だった。
ちなみにカレンは、この館にある、この町で二番目の大きさの大浴場もどうやらお気に召した様子。風呂上がりのカレンは、暫くの間魂を飛ばした表情で、だらしなくソファに沈んでいた。余談ながら、最大は公衆浴場。そちらの設計はサリアが監修し、「一体どこの温泉リゾートだ?」というレベルの物を作ってしまっている。
◇◆◇ ◇◆◇
はっきり言って、驚き疲れた。
成程ここが、この町の最上級の部屋か。
ルシル姉さま、じゃなくスノー姉さまにこの部屋を提供したことを考えると、あの無礼な騎士の評価も少しは上方修正する必要があるのかもしれないわね。
寝衣に着替え、暫く見ないうちに男の顔つき・体つきになった弟にちょっとどぎまぎしながら、皆で一緒にスノー姉さまのベッドに入る。
冒険者として何年も過ごしていたら、いつまでも未通娘でなんかいられない。誇りより貞操観念より、命の方が遥かに大事なんだから。命を預ける相手と身体を重ねることなんて、悦びはあっても屈辱はないし。だから男と同じ床に就くことなんて、別にどうということもない。
けど、思春期の弟に、そんな女の現実を見せたいとも思わないわ。
素知らぬ顔で、幼い日に戻った気分で四人一緒に横になった。
「それで、ムートたちはこれから先どうするの?」
ルーナ姉さまを助ける。それは最終目標だとしても、今すぐそれを出来る訳じゃないのなら。
そこに至るまでの道程を、皆がどう考えているのか知りたくなった。
スノー姉さまはあの騎士に頼って委ねきっている(多分姉さまはもう彼のオンナになっているのだろう)。だからあとは彼についていけば良いと思っているのかもしれないけれど、ムートとロッテはそうはいかない(ロッテにまで手を出しているのなら、あたしがこの手であの男の逸物を切り捨てる!)。
「ボク……じゃない、俺は、剣の技量はまだルビーさんはおろかアディ義兄さんにも及ばないし、冒険者として過ごそうにもサリアさんとどっこいどっこいの体力しかないから、寧ろ文官として自分の出来ることを伸ばしていこうと思っています。
この町は知識職が優遇されていますし、致命的に人手が足りていないから、冒険者ギルドと町の庁舎を行ったり来たりする毎日なんです」
……「俺」、ね。一丁前の男になっちゃって。
それに、「アディ義兄さん」、か。どうやら確定のようね。
「別に文官職が悪いとは言わないわよ。男は剣を振るうモノ、なんて言ったら女だてらに剣を振り回して、礼儀作法を蹴散らしているあたしなんかどうなの? っていう話になるし」
「いや、蹴散らしちゃダメでしょう? シーナ、じゃなくてカレンも女の子なんだから」
「ともかく、あたしのことは良いから」
「そういえば彼、『ゴルディアス』をカレンに渡すから、ムート用の剣を鍛えなきゃ、って専属鍛冶師と話してたわね。男の子なんだから、文官職でもきちんとした剣を持っていた方が良いし」
「待って。
『あれ』に代わる剣って、どこにあるの?」
「彼、神聖鉄はt単位で保有しているし、シンディはもうヒヒイロカネの剣を何本も打っているから、極端な話幾らでも作れるんじゃない?」
本当に待って。
トン単位のヒヒイロカネって何? ヒヒイロカネって希少な神聖金属でしょう?
剣一本分のヒヒイロカネを集めるのにどれだけの時間と労力、そして資金が必要だと思っているの?
「私たちにとっては日用品。
私もヒヒイロカネの懐剣を持っているし、今ロッテはヒヒイロカネの包丁で料理の練習をしているわ」
だから待ってって。
懐剣はともかく、ヒヒイロカネの包丁って何? しかも子供の練習用?
それって「変」って言葉で片付くの?
「私も、彼らと初めてまともに接した時、彼らの価値観に眩暈がしたけどね。
彼らの自作のティーポットは神聖銀製だったし、専属鍛冶師のシンディが使う金床は白金製だったし」
「……彼ってどんな大富豪なの?」
「うん、お金持ちではあるわね。今、東西大陸間貿易でかなりの資金を貯め込んでるから。
裏技、っていうか反則技を使って、幾つかの鉱山を独占しているし、神聖金属も安定供給出来る体制が整っているから。
けど、彼らはいつも言っているわ、『希少価値よりその“モノ”が持つ価値の方が余程貴重だ』って。
だから必要なら、神聖金製の道具を量産して無償でギルドに貸し出すなんてこともするし、この町の公的機関で支給される鉄剣は全て神聖金剛石でコーティングしているし、ね」
……一体どこまで規格外なのかしら。
取り敢えずあの男のことは脇に置いておこう。
……多分ツッコミが追い付かないから。
「それで、ロッテは?」
「私は今、針仕事をお勉強しています」
「針仕事? 針子になりたいの?」
「それもそうですけど。
この町の北東に、もう一つ町を作る予定があるんです。
その町は、染物関係を取り扱うことになりそうですから、針仕事を憶えておけばお義兄さまのお手伝いも出来ると思いますし」
「お義兄さま、ね。
ねえスノー姉さま。
あたしもあの男のこと、『義兄さん』って呼んだ方が良いの?」
「にい……、って、何をいきなり――」
「サリアさんから聞いたんだけど、スノー姉さまがしている指輪、サリアさんやアディ義兄さんの故郷の風習で、結婚の約束をした男女が同じものを付けるんだそうです。
サリアさんやシェイラさんがいるからスノー姉さまだけ、ってことじゃないみたいですけど、義兄さんなら必ず姉さまを幸せにしてくれると思いますよ」
「ムート、あんた……」
「一体どこの世界に、女一人の為に、その家族の為に、国まで造ってしまおうなんて考える男がいるっていうんですか。
大丈夫です。義兄さんは、あとの後のことまで考えてくれていますから」
ルーナ姉さまを助ける為に、国を造る? 本気でそんなことを考えているのなら、あの男、極めつけに「変」だわ。
だけど本気なら、――少しは信じても良い、かな?
(2,996文字:2016/05/28初稿 2017/06/01投稿予約 2017/07/12 03:00掲載 2017/07/12衍字修正)
・ この時点で、ルシル(スノー)22歳、シーナ(カレン)19歳、ムート17歳、ロッテ13歳(全て数え)です。ムート君、お姉さまたちと一緒のベッドに入って蒼い情動を抑えきれなくなりますと、新聞沙汰になりますので気を付けましょう。なおサリアが「ネオハティスの情報戦略の一環!」と称して新聞を発行する準備をしており、ネタを探しているので更に注意が必要です。
・ なおこの時代、一般市民は12歳で見習いとなり、一定の技術伝承が修了した段階(一般的には18歳前後)で一人前と看做されます。例外は冒険者ギルド。鉄札にランクアップすることで、見習い卒業です。
一方で貴族は女子16歳男子18歳でデビュタントとなる為、それまでは子供として扱われます。
・ 「剣の技量はまだルビーはおろかアディにも及ばない」と言ったムート君。なんだかんだ言っても、強さへの憧れはあるのですね。アディの剣の技量はルビーに劣りますが、客観的に見て『フェルマール最強の剣聖』と一騎討ち出来るレベルですから、(自己評価はともかく)間違いなくフェルマールとその周辺諸国合わせても、Top20にランクイン出来るクラスです。ちなみに無制約で戦って良いのなら、高速接近戦以外の戦況なら充分「俺Tueeeee」出来ます。
・ 子供の練習用に、神聖鉄の包丁を使わせる。平成日本で考えたなら、最高級日本刀包丁を使わせるようなものでしょうか。碌に切れないステンレス包丁より安全ではありますが、将来三流品を使えなくなるという問題が起こりそう……。
・ スノーはアディのことを「東西大陸間貿易でかなりの資金を貯め込んでるから」お金持ちだ、と評していますが、この時期はまだ『小麦戦争』のphase-2進行中なので、持ち金はがりがり削られています。とはいえ『賢人戦争』当時の10倍近い資金(ボルド市からの借金込み)を持っていますが。
・ ロッテの針仕事の師匠はオリベさんです。




