第12話 失ったモノと得たモノと
第03節 竜の山へ〔1/5〕
俺たちがネオハティスの町に帰っても、しかし腰を据えて会話に興じる時間は暫く作れなかった。
最初に行ったのは、非常事態宣言の解除と浮舟橋の再設置。
事件が決着したことを示す為に、〔無限収納〕に仕舞っていた1頭の飛竜の死体を取り出した(残り11頭はまだ出さない。町の広場はそんなに広くないから)。
ワイバーンの皮は、鞣して革にすれば、色々使い道がある。
その髭は強くしかも張力もあると謂われているから、用途はかなり多い。ただその強度・張力はその限界を確認してみないと、鋼線や鋼索の替わりに使えるか、使えるとしたらどの程度までの重量を支えられるかはわからない。
鱗は『鉄より硬く、羽毛より軽い』と謂われているから、鎧や楯の素材に最適である。
牙や爪も、そのまま削って磨いて槍の穂先にも出来るし剣の刀身にも使える。
肉は至上の美味と謂われ、内臓はある美食家が発見したと謂われる秘伝(といっても多くの料理人が知っているが)のタレに漬けると、これも美味しくいただけるのだという。
骨もまた、砕いて合金の素材としたり、磨いて装飾品としたり、或いはそのまま削って研いで刃物にしたりと、用途は多い。
前世の物語では竜の牙で竜牙兵とか、その眼球(水晶体)を魔術の媒体にしたりとかといった使い方も見受けられたが、流石にそれは無理だろう。
ただこれまでで最大の魔石を確保出来たから、魔術素材としてはそれで充分だ。
肉はまた町の皆で食べれば良いし、鱗や爪牙は売却しても良いし武具にしても良い。この辺りは冒険者ギルドと話し合おう。
ただその皮を鞣して作った竜革のうち、一定量を第八測量班の遺族への弔慰金の代わりとする。遺族たちが自分で使っても良いし、売却しても良い。
ただでさえネオハティスは、男性の働き手が少ない。その数少ない男性の、更に知識職である測量士の喪失は、町にとっても小さいモノではないのだ。それを補う為に、どれだけのものを必要とするか。
ちなみに、【造反者】の殉職者たちに対する弔慰金はない。冒険者にとっては死の危険も込みで依頼だし、それも込みで報酬の額が設定されている。そして今回の場合、(測量班に犠牲者が出た時点で)彼らは護衛任務に失敗しているのだ。罰金の話が出たとしても、弔慰金の話が出ることは、だから有り得ない。
そして、森の測量計画の再検討。
あの場所に巣を作っていたワイバーンは全滅させたが、他にワイバーンの巣が無いとは限らない。
かといって測量を進めなければ、他の巣を発見することさえ出来ない。取り敢えずシェイラとゼロスの二人に、今回壊滅させたワイバーンの巣を中心に周辺を捜索してもらうことにした。
◇◆◇ ◆◇◆
失った人命はもう戻らないが、けど得ることが出来たモノも多い。
それは、ワイバーンの素材関係などという小さなモノではない。
たとえば、緊急事態マニュアルが実際にどの程度機能するか。
交戦に至った訳ではないが、避難準備と、町政指揮権の平時体制から有事体制へのスムースな移行に関しては確認出来た。今後は実際の施設破壊を伴う交戦訓練・避難訓練を行い、敵戦力の誘導と施設自壊による敵機動力の剥奪、民間人避難誘導の時間確保など、訓練に追加出来る項目は少なくない。
何度か地下下水網を利用した脱出訓練もする必要があるだろう。臭いから皆歓ばないだろうが、今度のことでその必要性を痛感した筈。
一方、浮舟橋は引き上げに関しては想定通り出来たのだが、再設置が意外に手間取った。もう少し簡単に撤収・再設置が出来る方法を検討する必要があるだろう。
たとえば、ブルゴの森の危険性の確認。
森の危険性は随分高く評価していたつもりだったが、そこが『竜の山』の御膝元だという事実を、完全に失念していた。『竜の山』の麓に、竜(飛竜)が出てくるなど、考えてみれば不思議でも何でもない。
探索の危険評価を、もう一段階上げるべきか?
しかしそうなると、護衛出来る冒険者が殆どいなくなる。抑々ワイバーンと正面から戦える冒険者など、そんなに多くない(サリアが〔氷結圏〕で竜の吐息を正面から凌ぎ切ったのは見事と言うより他はない)。そして竜鱗を切り裂ける神聖鉄の剣の持ち主など、そうそう転がっているワケではない(うちの旅団は全員標準装備しているけど)。
そういったことを色々考えると……。
その他に得られたものと言えば、当然スノーたちの姉弟妹のうち、所在不明であった最後の一人が見つかったこと、だろう。
◆◇◆ ◇◆◇
「シーナ! よく無事で」
「シーナ姉さま! ご無事と信じてました」
「シーねえさま! 会いたかった」
「ルシル姉さま、ムート、ロッテ。本当に、皆と会えるなんて」
再会した四姉弟妹は、それぞれのこれまでの足跡を語り合った。
特にカレンは、ローズヴェルト公国公都ローゼラントでムートとロッテの二人とニアミスしていたことに、ひどく驚いていた。
「そう、あの時既にハティス難民団に潜り込んでいたのね」
「はい。団長のエルルーサ男爵夫人が、理由も訊かず受け入れてくれて。おかげでルシル姉さま、じゃなくてスノー姉さまとも再会出来ました」
「そういえばルシル姉さま。名を変えたのは良いとして、どうして『スノー』と?」
「どっかの不良守護騎士が、陰で私のことを『雪娘姫』って呼んでたの。それがいつの間にか直接私に堂々とそう呼ぶようになってきて、もう違和感なくなっちゃったわ」
「まって、姉さま。
その時点で首を刎ねるなり舌を抜くなり、どうとでも出来たのでは?」
「彼は文字通り私の生命線だったのよ? それに、これから先ルーナ姉さまを救出するには、彼の助け無くしては出来ないし」
「……姉さまたちも、それを考えておられたのですね?」
「ええ。セレストグロウン卿、アディは私に約束してくれたわ。
ルーナ姉さまを救出し、私たち姉弟妹が笑って過ごせる町を作るって。
必要なら国を造り、軍を組織してでも。
だから私は、自分の未来をアディに委ねたの」
(2,779文字:2016/05/26初稿 2017/06/01投稿予約 2017/07/10 03:00掲載予定)
・ のちに、シーナ王女が嘗て公都ローゼラントで冒険者をしていたことを知ったローズヴェルト公王は、深刻に頭を抱えたそうです。難民に紛れ込んでいた王子を指して『素性が確認出来ない』と言えたとしても、公都のギルドに籍を置いて冒険者稼業をしていた王女を指して『素性を確認出来ない』と言うのは、怠慢(或いは“脳ミソお花畑”)の言い訳にはならないから。この後、公王は国民のみならず国内を通過する商人や、国内で活躍する冒険者に対しても、その身元調査を徹底するようになったのだとか。




