第34話 開かれた森
第06節 不帰の森〔6/7〕
「森の守りが無意味になっている、じゃと?」
森妖精の村長は、この言葉に衝撃を受けていた。
当然だろう。『不帰の森』の結界を破ろうとした者はいただろう。エルフの案内で迷わず通り抜けることが出来た者もいただろう。
しかし、森の結界が健在なのにかかわらず、それを通り抜けられるようになる。そんな可能性、検討したことさえない筈だ。
「そしてそれは、俺一人に対してのことじゃない。
ここにいる俺の仲間たちは皆同様だ。更に、今ここにいない連中に、毎回迷わずこの集落に辿り着けるように助言することも出来る。
……もう、この森は開かれているんだ」
「……そうか、わかったぞ。辿ってきた道すがら、その木々に標を刻んでいたのじゃな? じゃが、その程度で越えられるほど、この森は浅くない」
「自信満々なところ悪いけど、そんな愚かなことは初めから考えなかったよ。
樹に付けた標なんて簡単に消されるだろうし、それ以前にその樹が擬態した樹妖だったら場所も動くだろうしな。
簡単なことだ。森の中に最少の支配領域を刻んでいったんだ」
「最小の支配領域?」
「そう。森の結界の内側に、その結界の影響を受けない別の結界を築いた。
そしてその小さな結界をたくさん作り、大きな範囲を森の結界から切り離した。
俺の結界が受け入れる相手であれば、最早この森で迷うことなくこの集落にまで辿り着けるんだ」
「あり得ん。魔力の流れに異常が生じていたら、すぐにわかる筈じゃ」
「抑々結界の効用は、外界から内部の空間を切り離すことにある。
切り離された内側がどうなっていようが、外界からは察知出来ない。
そうして切り離された空間が、この森の外側からこの集落まで、帯状に連なっているんだ」
「そんな……、莫迦な――」
「つまり、その気になれば俺は、軍隊をこの村に派遣することも出来る。
戦争を考えるのなら、既にあんた等は詰んでいるんだよ」
「……」
「だが、戦うことに意味はない。俺はあんたらと共存することを選びたい。
だからこそ、話し合いを求めているんだ」
「もし其方の言葉が正しいのなら、確かに儂らは既に負けていることになる。それでも、其方の要求はこの森の樹を伐ることそれ自体にあるのじゃろう?
じゃが、森妖精にとって森の樹々は家族のようなものじゃ。どのような理由であれ、その樹を伐ることを認めることは出来ぬ。我々は家族を売るつもりはない」
「あんたらのその気持ちは尊いと思うよ。
だけど、その気持ちがこの森を痩せ細らせているというのも事実だ。そしてあんたたちエルフが衰退の道を歩みつつあることも、ね」
「どいうことじゃ?」
「森の樹々は、森の恵みそのものだ。が、同時に大地の恵みを互いに奪い合っているんだ。
大地の恵みは有限だ。その大地の上にある樹々。数が多ければ多いほど、一本当たりが享ける恵みの量は減る。宝珠の力で空間を広げ、より多くの樹々が大地の恵みを享ける余地を作ったとしても、限度があることには変わりない。
普通に考えても、同じ広さの土地の上に一本の樹が生えているときと、二本の樹が生えているときを比べたら。一本の方が幹は太く、背も高くなる。
一本や二本なら良い。けど、五本十本となると、どうだ? 大地の恵みが致命的に足りない樹々が生まれるだろう。足りなければどうするか? 諦めて枯れ落ちるか、隣の樹から奪うしかない。奪う為に進化する。そうして――宝珠の力の助けも得た上で――生まれたのが樹妖だ。
これは森の樹々だけを指している訳じゃない。あんたらエルフも同じだ。
一個の木の実を口に出来るのは、一人だけだ。
二つに割れば二人で食べられるが、一人分には足りない。
それを四人で食べれば? 当然飢えを凌げない。
なら少ない森の恵みで生きて行く為にはどうしたら良い?
生まれた子を殺すか? 年老いた者たちを殺すか?
……簡単なことだ。生まれなければ良い。死ななければ良い。
生まれなければ数は増えない。死ななければ数は減らない。今生きているエルフたちが森の恵みを享受出来る数を維持したまま、集落は滅びない代わりに栄えない。
結果、あんたたちはなかなか子供が生まれず、その一方で数百年の時を生きる。
これはあんたらが優れた種族だからじゃない。単に種を滅ぼさないように適応しているだけなんだ。
だけどそれは、時間稼ぎに過ぎない。子供が生まれない種に未来はないだろうからね」
「我々が衰退の道を歩んでいることと、其方らの要求にどのような関係がある?」
「交易をすれば、外に興味を持つ者も増えるだろう。外には森だけじゃなく、山も丘もあり、川も海もある。新しい天地で新しい子供が生まれるだろう。実際に外に出たエルフたちは、そこで普人族と交わり、子を成している。あんたたちにとっては余所の血を享けた忌み子かもしれないけどね。
そして森を健全に保つ為に、一定の数の樹を伐り、また同時に新しい苗木を植えていけば、この森は今よりもっと大地の恵みを享受出来る豊かな土地になるだろう。
俺たちは森を拓き、町を作る。
だがそれは、あんたらがブルゴの森と呼んだこの森の全ての木々を伐り倒すということじゃない。その一角を拓き、そこに畑を作る。
俺たちが無為に樹を伐ることがないように、エルフが監視をするというのなら、当然それを受け入れる。
森を守る為に、樹を伐る。
エルフの未来を拓く為に、交易を求める。
その足掛かりとなる町を作り、またこの森の恵みで俺たちは糧を得る。
これが、俺の考える共存だ。
あんたたちにとっても、交渉の余地のある提案だと思うがね?」
◇◆◇ ◆◇◆
即答は出来ない。それが村長の答えだった。
所謂長老会とでもいうべきものに、この提案を上程する必要があるのだという。
そして回答が出るまで、暫くこの集落に滞在することになった。
この集落周辺の植生などをフィールドワークしつつ、サーラの手にあるメモ帳に記録された、測量杭で区切られた各三角形の内側に何本の樹があるのかといったデータから森全体の樹の本数を推察したり、影の長さから樹の高さを計算したりと、知的な活動をしていると。
「……俺と勝負しろ!」
……はい?
◇◆◇ ◆◇◆
そこにいたのは、若衆の一人(あとで知ったのだが、若長だった)。
「どういうことかな?」
「村長は、若衆が束になってもお前たちには敵わないと言っていた。だが、それは見縊り過ぎというものだ。それを証明して見せよう」
「こんな小さな集落の腕自慢が、外の世界でどの程度通用するかを知りたい、と?
そんなこともわからないというのなら、村長の判断に間違いがないという確かな証だろう。
村長がお前を見縊ったのではなく、お前が自惚れ過ぎているだけだということだ」
「なんだと!」
なら、それを教えてやるのも親切、か?
(2,975文字:2016/04/19初稿 2017/04/01投稿予約 2017/05/29 03:00掲載予定)
・ 「結界」とは、その内部を聖別する(穢れを閉じ込める場合もある)為に外と空間を隔てることを意味します(例えば神社の鳥居も一つの結界の道標。注連縄もまた同じ)。測量杭で作った正三角形の内側は、「未測量の空間」から切り離された「測量済みの空間」となることを考えれば、これもまた立派な結界です。ちなみに森(杜)はそもそもそれ自体が一つの結界と看做され、だからこそ杜と里の境目に神社は建立されるのです。
・ ちなみに、ドライアドの誕生理由は、そしてエルフが長命且つ子宝に恵まれない理由は、アディが適当にこじつけたモノであり、それが事実かどうかは知りません。可能性としてはあり得るでしょうし、間違っているという根拠も又無いと思われますが。
・ ???「貴様ら、呪いの杭で地脈(迷宮の魔力)を斬断したな? 謝罪と賠償を(ry」




