第33話 鎖(とざ)された森
第06節 不帰の森〔5/7〕
「止まれ。我々の集落に如何なる用がある?」
襲撃してきた森妖精たち12人を縄で拘束し、シェイラの先導で暫く歩くと、不意に森が切れエルフたちの集落が見えた。
そしてそこには30人ほどのエルフが弓を構えて立ちはだかっている。
「幾つか交渉することがあって来た。代表者はいるか?」
「我々にお前たちと交渉する必要があるとは思えないな」
「そうか。では俺たちは勝手に森を伐り拓くことにしよう」
「そんなことが赦されるモノか!」
「誰が赦す? お前たちは俺たちと交渉しないんだろう? なら赦すも赦さないも無い筈だ」
「このブルゴの森は我々エルフの神聖な森だ。人間風情が勝手なことをすることは認めない」
「その件についてを交渉しようって言っているんだ。
抑々お前たちにとっての『神聖な森』とは、何処からどこまでを指して言う?」
「勿論、この森全域だ」
「それは普人族が『この大地の続く限りその全てが人間の領域だ』って言っているのとどう違う?」
「何が言いたい?」
「自分たちの支配権を主張したいのなら、まずはその主権を確立することから始めろってことだ。
たとえば、森の樹の一本が病気になって伐り倒さなければならないとなった時。
その樹を伐らなければ他の樹も連鎖して枯死するということが明らかな時。
アンタらはそのことをどうやって察知する? アンタらが『ブルゴの森』と呼んだこの樹海の東の端の樹がそうなったとして、アンタらがそれを知るのはいつのことだ?」
領内の環境を整え、異変を察知し、またそれを是正する為に必要な行動をすることを『行政権の行使』という。
「たとえば、普人族が勝手に樹を伐った時。
普人族によって樹が伐り倒されたとアンタらが知覚出来る領域は、何処までだ?」
領内の不法行為を取り締まる為に行動することを『警察権の行使』という。
「そして、俺たちがこの森に足を踏み入れた時。
エルフの斥候が俺たちと遭遇したのは、7日前のことだ。
更に実効的な戦力が俺たちの前に立ちはだかったのは、今日だ。
つまり、アンタらが守れる森の範囲は、その程度ということじゃないのか?」
外敵を排除する為に行動することを『防衛権の行使』という。
国家主権を確認する為の六つの権限(『司法権』『立法権』『徴税権』は領民に対して行使する権限であり、領地に対して行使する権限は『行政権』『警察権』『防衛権』の三つである)が及ぶ領域を指して『領土』と呼ぶのなら、この集落のエルフたちの領土は、この集落を起点とした周囲1kmほどの範囲しかないことになる。
「アンタらはこの樹海全体が自分たちの領域だと言っている。
しかし現実には、アンタらが管理出来る領域は、この集落の周辺だけだ。
ならその外側で、俺たち人間が何をしようと、本来ならアンタらには関係の無いことだろう。
だが、俺たちはアンタらのことを尊重して話し合いの場を設ける為にここにいる。
この集落の代表者が交渉の席に着くだけの充分な理由だと思うが?」
◇◆◇ ◆◇◆
「宜しい。皆の衆、道を開けなさい」
弓を構えて包囲していたエルフたちの後方から、老境に差し掛かったとみられる壮年のエルフが声をかけてきた。
「し、しかし村長!」
「その者たちは、『不帰の森』を抜けてこの村に辿り着いた。
それはこの森に認められたということだ。
ならば彼らを一定期間もてなすのは、我らの決まりであろう。
じゃが当然のこととして、彼らのことは開放してもらおう」
村長は、俺たちが連行しているエルフたちを指してそう言った。
「まぁ当然ですね。
……これでよろしいですか?」
「良いじゃろう。其方らも弓を下ろしなさい」
「……わかりました。オイ!」
若衆のリーダー格であろうエルフが号令し、他のエルフたちも弓を下げた。
「ではついて来て下され。くれぐれも申し上げておきますが、余計なことはなさらないでいただきたい」
「それは若衆に言うべきことでは?」
「ほっほ。そうかもしれませぬのう」
◇◆◇ ◆◇◆
「それで、其方らはこのエルフの村に、いったい何の用があるのかの?」
村長の屋敷に案内され、話し合いが始まる。
「用件は二つ。
一つ目は既に告げた。森の外れを開拓する。これは許可をもらいに来た訳ではなく、ただの通達だ。もしそれに対して認められないだの実際の開拓を妨害するなどというのなら、一戦交える用意もある。
だがその一方で、開拓する場所やその規模、その他の条件に関しては、調整する余地はあるだろう」
「フム。儂らとしては交渉の余地なく認められないが、それはともかくとしてもう一つの用件とやらを聞こうか」
「もう一つの用件は、新たに開拓する俺たちの町と、この集落の間で、交易をすることを希望する。
そちらが売りに出せる品目は色々あるだろう。工芸品、植物由来の染料、薬草や香草、山菜。そして、材木または薪」
「話は以上かの?
ではお答えさせていただこう。どちらもお断りじゃ。
とはいえ其方らが実力行使するというのであれば、そうじゃな、おそらく若衆が束になっても敵うまい。
よって、妥協が必要じゃな。
もし其方が望むなら、この村の村長の座を譲ろう。
其方がこの村に在る限り、この村を、そして村の者たちを自由にする権利を与えよう。
村の女たちを侍らせ、種付けする自由を与えよう。
その代わり、其方らもまた、我らと共に森を守ることを求めよう」
「ほう、それは有り難い。だが、『この村に在る限り』、なのか?」
「そうじゃ。もっとも、一度この村を後にした普人族は、この村を再訪することは出来ないじゃろう。よってどちらにしても、其方がこの村から離れた時を以て、其方の村長としての立場は喪失することになる訳じゃ。
そしてそれは、其方の二つ目の用件の答えにも重なるの。
其方ら以外の者がこの村に来ることは出来ず、其方らもこの村を一度離れたら二度とこの村を訪れることが出来ぬ以上、森の外の者と交易など成立する筈もなかろう。
其方が村長として、エルフの者に樹を伐らせ、それを森の外に運ぶよう命じたとしても、それに従うエルフは一人もおらん。エルフは森の樹々を家族のように大切にしておるからの」
「成立するとしたら?」
「なんじゃと?」
「この森は、既に開かれている。少なくとも、俺たちの前にはね」
「空言は無意味じゃ。其方らは森の要たる宝珠に近付いてさえいない。そして森を守る力は未だ健在じゃ。なら――」
「確かにね。この森を守る力は健在で、俺たちは要の宝珠に未だ見えていない。
だが、そんなことはどうでも良いんだ。
俺が言っているのは、森を守る力を無力化した、ということじゃない。
俺たちに対しては、それが既に無意味なものになっている、ってことだ」
(2,927文字:2016/04/18初稿 2017/04/01投稿予約 2017/05/27 03:00掲載予定)
・ ちなみに、『行政権』と『警察権』は土地と領民、両方に対して行使される主権です。
・ 月の所有権を主張しても、現代地球人は月を実効支配出来ていませんから、まるで意味を持ちません。月の土地を登記しても、どこの税務職員が月面の地価調査を出来るでしょう? どこの総務省職員が月面の地籍調査をするのでしょう?
・ 「稀人信仰」、という考え方があります。血が濃くなりがちな閉鎖集落では、外来の客人の血を集落に取り込むことはある意味至上命題なんですね。実はこれが、エルフという種の延命の秘密だったり。




