第32話 エルフ
第06節 不帰の森〔4/7〕
「出迎えご苦労。
俺たちはボルド市に所属する冒険者旅団【緋色の刃】だ。貴殿らの集落に用がある。案内を頼みたい」
前方樹上に現れた、森妖精。それに対して俺は、不遜な態度でそう言った。
それに対するエルフの返事は、
「うおっ、あぶね」
無言で矢を射かけてくることだった。
とはいえエルフが弓を構えていることを確認した時点で、既に「無属性魔法Lv.4【気流操作】派生06.〔疾風結界〕」を発動させている。弓矢そのものは、それほど恐ろしくはないのだ。
「もう一度言う。俺たちはこの奥のエルフの集落に用がある。案内を頼みたい」
しかし、エルフは暫く無言で俺たちを睥睨していたが、すぐに踵を返して森の奥に消えていった。
「残念だったな、逃げられたようだ」
ルビーが茶化すも、
「そんなことないよ。彼はちゃんと集落の方向を教えてくれたし」
「だが、真直ぐに集落に向かったとは限らないんじゃないか? ちょっと知恵のある獣でも、わざと見当違いの方角に足跡を残して狩人を攪乱するくらいのことはする」
「うっ……、あのルビーが、そこまで知識を蓄積しているなんて。時が経つのは早いなぁ」
「……お前は基本私を莫迦にしているだろう?」
「まぁそれはともかく。
正直な話、案内してくれると言われた時の方が困ったことになったよ」
「何故?」
「それこそ見当違いの場所に連れて行かれた挙句見捨てられたら、文字通りの意味で路頭に迷う。苦労して杭を打ち込み続けていた意味も無くなるからね。
けど、あのエルフは測量で計算出来た歪みの中心方向に飛んでいった。
二重の意味で俺たちの進路は間違っていないと証明出来た訳だね」
「成程、そういうことか」
そして、エルフの斥候がやってくるということは、時間的距離にして集落まであと一日、というところだろう。勿論普通の冒険者ならこの距離を踏破するのに(最短距離を進んでも)三日はかかるだろうし、俺たちのやり方だとまだあと十日は見ておく必要があるだろうが。
何より大切なのは、これからの十日間、魔獣のみならずエルフとの戦闘も予測されるということだ。そして、俺たちの目的を考えると、エルフたちに大きな怪我を負わせる訳にもいかない。なら。
「シェイラ。先行偵察を頼む。
あまり距離が離れたら空間の歪みに巻き込まれ、合流出来なくなる恐れもある。
が、お前はそろそろその対処法を見つけている筈だ」
「はい。〔空間音響探査〕の到達距離が異常に短い方向が、歪みの中心、ですね」
俺たちが『不帰の森』を攻略するにあたって用意したのは、手製の光学距離計だった。しかし、平成日本の電子測距機は、探針電波を飛ばしそれが戻ってくるまでの時間差で距離を測る。
俺たちはそんな道具は持っていないし、抑々p秒単位の時間を測定する方法はない。けれど、レーザー測距機と同様の効果のある魔法は、既に利用しているのだ。それが〔空間音響探査〕。ピコ秒単位の時間を測ることは出来なくても、「左なら20m先まで様子がわかるのに、右は5m先までしかわからない」となれば、右と左、どちらの空間の方が歪んでいるかはすぐにわかるというモノだ。
現在俺たちがやっている測量の役には立たないが、単純に『不帰の森』を踏破するだけなら、〔空間音響探査〕一つで事足りるというのが現実だったのである。
そしてシェイラは猫獣人。気配を消し、また逆に気配を探り、音も無く移動し、そして三次元空間を縦横に渡って敵の喉元に食らいつくのは、その種族特性。エルフ如きに後れを取ることはない。
◇◆◇ ◆◇◆
シェイラが森の奥に消え、俺たちの直衛はルビーひとりになった。
知らない者が見たら、警戒レベルが下がった、と判断するかもしれない。しかし、俺たちにとってはシェイラが外周警戒をしてくれる現状は、これまで以上に安全になっているのだ。
そして測量しながら進んでいると、何故か針路上に昏倒している(つまりまだ死んでいない)魔鹿や縄で縛られた(つまり生きている)一角兎などを見つけることがあった。
シェイラからの届け物、と判断し、俺たちは遠慮なく〔無限収納〕に回収させてもらった。
更に進むこと、六日。
ほぼ半円状に、エルフたちに包囲されていた。
樹上には弓を構えたエルフが。
地上には槍を構えたエルフが。
それを見て、こちらも戦闘態勢に入る。
俺は(森の中での取り回しを考えて)小太刀『長鳴』を抜刀し苦無も掌に隠す。
ルビーは騎士剣『クラウソラス』を抜き有角円楯『イージス』を構え。
サリアは魔導楯『アキレウス』を立ててその後ろにサーラとシンディを保護する。
しかし、最初の一撃は、シェイラによるボーラの投擲であった。
◇◆◇ ◆◇◆
俺たちの前方樹上のやや後ろ、エルフたちの指揮官役であろう立場に居る男が、更に後方から飛来したボーラを両脚に受け、翻筋斗打って樹から落ちた。
続いて、苦無の〔射出〕。樹上のエルフたちの弓弦が立て続けに撃ち切られた。
それを見てルビーが槍持ちエルフに向かい楯突撃。数がいても、動揺し隊列が崩れているのなら、最早ルビーの敵ではない。
12人のエルフたちが無力化され、俺たちに拘束されたのは、それから程無くしてのことだった。
◇◆◇ ◆◇◆
「ご苦労様。報告はあるかい?」
「はい。この先もう少し進んだところに、エルフの集落が見えます。
仮に測量をここで打ち切っても、もう迷うことはないかと」
「そうか。なら彼らを連れて集落に向かうとするか」
◆◇◆ ◇◆◇
『不帰の森』に挑んだ冒険者は数知れず。
幸運にもエルフの里に辿り着くことが出来た冒険者も、いない訳ではない。
しかしエルフの案内もなく、単独且つ自力で挑み、しかもほぼ最短経路で里の近くまで来ることが出来た冒険者は、この『不帰の森』の歴史上これまで存在していなかった。
(2,685文字:2016/04/14初稿 2017/04/01投稿予約 2017/05/25 03:00掲載予定)
【注:ピコは一兆分の一を意味します】
・ ノウサギは雪の上に足跡を残しますが、ある程度進んだ後、自分の足跡を踏んで(新しい足跡を作らないように)戻り、その後大きく跳躍して本来の目的地に向かう、等ということをするそうです。それに気付かず足跡を追うと、ある場所で途絶えてしまい、それ以上追跡が不可能になるのです。




