第35話 森の中のエルフ
第06節 不帰の森〔7/7〕
俺自身、幾人かの達人と呼びうる剣士を知っている。
つい先日も、“フェルマール最強”と謳われた剣聖と一騎討ちを演じたばかりだ。勝てたのは俺の剣技が秀でていたからではなく、魔法と策が図に当たったからに過ぎない。
それらの経験ゆえか、相手の実力は、ある程度までなら見ただけでわかる。
今、俺の目の前に立っている森妖精の若長は、成程この集落では最も強いのだろうが、それでも「村の腕自慢」の域を出ていない。
しかも、実戦の機微というのは経験からしか学べない。こんな小集落でなら、ちょっとした誘いさえ使う者はいないだろう。
抑々、技術というモノは自分より秀でた者と競わなければ上達する筈がない。こんな小集落でお山の大将を気取っており、それ以上の相手がいることなど考えてもいないのなら、はっきり言って敵ではない。
面倒だが、ちょっと教育してやろうか、と思った時、横からルビーが前に出た。
「アディ。私が彼の相手をしよう」
「良いのか?」
「こういう正面からの戦いなら、お前より私の方が得手だろう?」
否、わざわざルビーが出張るほどの事じゃない、と思ったから。
「舐めるな。女に向ける剣はない」
――え~っと、これって……
「『井の中の蛙』ならぬ、『森の中のエルフ』って感じね」
はい、サリアさん。その通り。
「どういう意味だ?」
「井戸の中に住んでいるカエルは、外の世界の広さを知らない。
森の中に住んでいるエルフも、外の世界の広さを知らない。
男より強い女など、外の世界には巨万といる。
お前より強い男は、更に多くいるだろう。
彼女と剣を交えてみればわかるよ。この言葉の意味がね」
「良いだろう。なら女。手加減はしない。女であることを武器に情けを掛けてもらえると思っているのなら、今のうちに考えを改めるんだな」
「心配するな。私はちゃんと手加減してやる。
身の程知らずの世間知らず相手にムキになるような真似はしないさ」
「吐いた唾を飲み込むなよ。
いざ!」
◇◆◇ ◆◇◆
エルフの若長が抜いたのは、真剣。細身の両刃の剣だったのに対し、ルビーが手にしたのは。
「なんだそれは?」
「決闘だろう? だから武器を手にしたのだが?」
「それはそこらで拾った枝だろう!」
「これで充分だ。お前は自分が勝てる要素が増えたのだから、喜ぶべきだろう」
「いい加減にし――」
次の瞬間。ルビーが手にした枝の先端は、エルフの若長の喉元に触れていた。
「真剣なら、これでお前は死んだな。
枝で良かっただろう?」
「……まだだ! これからが本番だ」
そうして若長は一歩下がって仕切り直し、ルビーに斬り込むが、結果は同じ。
枝で頭を打たれ、胴を打たれ、手首を打たれ。
挙句に剣の振り方や足運びなどを事細かに指導し、拙いところに容赦なく枝を打ち込まれた。
「……決闘?」
「道場破りと称して剣術道場の門を叩いた喧嘩自慢の素人に、懇切丁寧に指導している師範代の図、かな?」
「どっちにしても、これでなお『女如き』って言えたら逆に凄いよね」
何にせよ、文字通りの大人と子供、玄人と素人の実力差があることは、この決闘を見物している全てのエルフの民が知ることになった。
その事実が若長の自尊心を甚く傷付けたらしく、やがて剣を下ろして敗北を認めることになった。
「成程の。狭い森の中で天下を取った気でおっても、対等な立場で剣を交えればこの結果、か。
外の世界を知らなければ我々に未来はない。これも、その一環ということかな?」
いつの間にか見物人の中に村長も交じっていたようだ。
「エルフは、種族特性として空間把握能力が高い。
それを活かした戦い方は、一対多の戦況で視界外からの攻撃に対処するとかが考えられるけど、地力に隔絶の差が無ければ一対多に持ち込まれた時点で負け確定だ。
或いは、その空間把握能力を活かして遠方からの弓射戦か。エルフの空間把握能力なら、無意識でも気圧差や風向きまで把握して計算に入れるだろうから、距離を置いての撃ち合いならエルフはかなり有利に戦いを進められるだろう。
今までは、だから森を守れた。
だが、俺は飛び道具に対する防御手段がある。
そして剣技の地力はエルフより高い。
ならあんたたちは森を守る為に、戦略を根本から変える必要がある。
例えば、普人族に貸しを作って、代わりに森を守る盾にする、とかな」
「それを自分から言うか。
だが善かろう。其方の策に乗ろう。
じゃが森の樹を伐るのは……」
「俺たちがこの森で結界を張りながら調査をしたところ、大凡3本に1本の割合で樹を間引きした方が良いことがわかった。
その間引きする1本にしても、既に樹妖と化している樹か、老境に達し枯死を待つ老木、周囲の樹に大地の恵みを奪われて健全に成長出来ていない樹に限定すれば、森は更に豊かになるだろう。
そして老木を伐る際には、そこに苗木を挿し、同時に次世代を育てるようにすれば、森全体も若返る。勿論、樹齢数千年の神木を、老木だというだけで伐り倒すような真似をするつもりはないけどね」
「森の若返り、か。確かに老いた樹がいつまでも森にのさばっていたのでは、若木が育たぬな。
良くわかった。我々は、其方からなお学ぶことが多そうじゃ。
しかし――」
「それは俺や俺の代理人が自在に森に立ち入り、そしてこの集落まで確実に辿り着ける、という話が真実であるということが前提、と言いたいんだろう?
そこで、だ。
来年の夏。雪が融けた頃を見計らって、代理人をここに派遣する。
その代理人が迷わずこの集落に辿り着けたなら、それを以て俺たち旅団【緋色の刃】とブルゴの森のエルフとの同盟が成立した、と解釈するというのはどうだ?」
「代理人、と言うと、其方は来ないということか?」
「あぁ、その時はな。
俺が来たとしても、それは俺がこの森を抜ける方法を見出しただけ、という可能性も残る。
知識があれば、誰でも来れる。その事実があるからこそ、この同盟が意味を持つ。
そうだろう?」
「善かろう。では半年後を楽しみにしよう」
◇◆◇ ◆◇◆
こうして、俺たち【緋色の刃】と『不帰の森』のエルフの間での同盟は(当面《仮》と付ける必要があるかもしれないが)成立した。
だが、俺たちが森を出る際、何人かのエルフの若者が同行を申し出た。その中にはルビーと決闘(という名の教導)を受けた若長(ゼロスと名乗った)も含まれていたのであった。
(2,928文字:2016/04/25初稿 2017/04/01投稿予約 2017/05/31 03:00掲載予定)




