19.探し物は何ですか?
「なんだこれは……!?」
鈴の音に呼ばれてヨースティン――もとい、ステイが現れたのは、先ほどまでラティーファたちがいた、妃やそれに準ずる女性たちのために用意されていた庭だ。しかし、彼が知っている庭とは全く様相が異なっていた。植物には詳しくないが、ここにも手は入っていたはずだ。しかし、どうだ、木々は驚くほど枝葉を伸ばし、雑草があり得ないほど伸びている。また、この時期に花を咲かせるはずのない種類のものが、見事な花をつけていた。
そして、庭の中央に魔法陣が敷かれているのに気付いた。術の波動は感じられない。やはり、今の身体では、魔力を感じることも、それを使用することもできないらしい。だが、陣の形を見ればどんな効果があるのかは読み取ることが出来る。
淡い光を放つ魔法陣へと近づき、ステイは草をかき分けた。
「……障壁? いや、強化の効果も含まれているのか……いったい、何のためにこんな陣を……?」
陣に描かれている魔法言語を読み解き、効果を探る。
――こんな場所で魔法を使う必要が……?
そう考えていたとき、かさり、と草を踏んで誰かの気配を感じた。ステイは素早く身を翻すと、植込みの中の木陰に隠れた。木の後ろからわずかに顔を出し、現れた人物を見極めようと目を細めた。小柄な人影――少女のようだ。
少女は魔法陣のすぐそばに膝を抱えて座り込む。
――誰だ……?
月と魔法陣の光で、少女の輪郭が闇の中に浮かび上がる。艶やかな長い黒髪と、菫色の瞳を持つ少女。ラティーファだった。
ステイがいることに気づかず、ラティーファは膝に顔を埋めた。
「……フューリ……」
細い肩が震えている。――泣いているのだろうか?
「あのね……今日、わたし、フューリみたいな力が使えたの……どうしてだろうね……?おかしいよね、これはフューリの力だったのに」
顔を上げた少女の瞳から、真珠のような大粒の涙が零れ落ちる。月光を反射して地に落ちていく流星のようにきらめいていた。
――魔人? いや、あれが神子、なのか……?
魔人は国を滅ぼす存在として伝えられている存在である。しかし、どう考えてもこの少女に国を滅ぼす意思など感じられない。ただ、闇に紛れて静かに涙を流しているだけだ。
「フューリ……わたし……」
何か言おうとして唇を震わせていたが、ふと少女がこちらを向く。目が合った。――精神体の自分と?
疑問はすぐに解消された。彼女から、声をかけてきたのだ。
「……あなたは誰……?」
「すまない。盗み見するつもりはなかったんだ」
仕方なく木陰から姿を現すと、彼女へと近づき、少し距離を開けて地面に腰を下ろした。こんなふうに地面に腰を下ろしたのは、何年ぶりだろうか。
「ごめんなさい」
「は……?」
突然謝られた。脈絡のない謝罪に、ステイは間の抜けた声を上げる。
「誰にも言わないでください、私が弱音吐いてたこと。お願いします」
「あ、あぁ。わかった、約束する」
「……ありがとうございます」
ラティーファは涙を指先で拭いながら、安心したようににっこりと笑った。しかし、そこで、はたと気が付く。
「あの、あなたは……?」
「余……いや、私はステイ。探し物をしている」
「私はラティーファと申します。こんなに暗いのに、探し物ですか……?」
首を傾げるラティーファを見ながら、ステイは難しそうに眉を寄せた。さらりと絹のように細い彼の髪が肩から滑り落ちる。
「あぁ。少し特殊なものでな……」
「よければ、私もお手伝いします! こう見えても夜目は結構利くんですよ」
人懐っこい笑顔を浮かべたラティーファに、ステイはびっくりしたように目を見開く。
「初めて会った男を信用するのか?」
「……ステイさんが嘘をついているようには見えませんから。それに、あー……口止め料です!」
なんとか言い訳を作って協力しようとするラティーファは、今までステイが見てきた人物の中で珍しい部類の人間だった。
「そこまで言うのなら、手伝ってもらおうか。だが……何を探せばいいのか、まずはそこから探すんだが」
「えっ!?」
「やはり、手伝うのは止めておくか?」
「いいえ! 絶対お手伝いしますからっ!」
意地を張っているのだろうか。ぶるぶると大きく首を振ると、ラティーファは両手を握りしめて意気込んでいた。
神子と王、初めての出会いは月光の下だった。