シスコンとブラコン
「ね、ねえ飛鳥さん。会長―お兄さんって今日は来ないのかな?」
放課後の教室では文化祭に向けて準備が行われていた。京香に話しかけてきたのはクラスの女生徒数名だった。
「私は知りません。そもそも来たところで役に立つとは思えませんが。」
「そんなことないよお。特に女子は皆飛鳥会長のファンだったし。」
そう言って黄色い声を上げながら「だよねー」といって周りで盛り上がる。
ファンだから何なのだと、京香は心の中でツッコミを入れる。
「お前って兄貴と仲悪いのか?」
質問そっちのけで盛り上がり始めた女子に代わって京香の横で作業していた漆原圭が話しかけてきた。
「なぜですか? 黙りなさい。」
「どっちだ!? てかあからさまに機嫌悪くなってるなあ。」
なんだか拗ねるように頬を膨らませて口をとがらせている京香をみて圭は苦笑いする。
「だって朝だって兄貴が手伝いに来るの嫌がってたじゃないか。まあ身内が手伝いに来るなんて普通嫌か。」
「別に仲が悪いわけではありません。その証拠に家では兄がどれだけクズなのか懇切丁寧に解説してあげています。」
「仲悪!?というかあの会長をクズ呼ばわりしているお前がすごいよ。」
飛鳥煌斗の事は圭もしっていた。今の3年生が1年の時に煌斗は南中学の生徒会長だった。
「じゃあ聞きますがあの兄のどの辺がすごいのですか。全く理解に苦しみます。」
「俺に訊かれてもな。でもやっぱり会長の姿を見ると、なんかすごいって思っちゃうんだよな。なんというか印象に残るというか。」
「印象に残るだけなら毎日アニメキャラのお面をして登校してくればいいでしょう。」
「いや、それはただただ不気味だよ。そいつに『友達になろう』なんていわれたらトラウマになりそうだ。」
「言っている意味がよく分りませんよカツマタ君。」
「漆原だ!お前絶対分って言ってるだろ。」
「つまり、兄なんて少し他人よりも容姿が優れているのと、頭がいいのと、優しいのと、たまに天然なのがギャップで可愛いのと、妹の私にだけ違った顔をする事くらいしか取り柄が思い浮かびません。」
「お前、しっかりブラコンじゃないか…。」
圭が呆れたように呟く。
「それを言うならシスコンです。兄は私達が大好きですからね。」
そう云う京香の表情は普段圭が見たことのなかったような優しいもので圭はそれが自分に向けられたものでないと分りつつドキッとしてしまった。
「私達って、そうか、一つ上にも姉貴がいたんだっけか。」
「ええ。姉は本当に兄をうざがっているみたいですが。」
「なんか会長、不憫なのか違うのか分らないな。」
「とにかく、兄がウチの出し物を手伝うなんておかしいとおもいます。」
「強引に話を戻したな。でもどちらかといえば三島が熱心に勧めていたみたいだったけどな。まあ飛鳥のウエイトレス姿が傍で観れるかもしれないって言ったら二つ返事でオッケーが出たらしいけど。」
「ほ、本当にどうしようもないひとです。」
※
「あれ、会長じゃないですか?」
「ん?ああ加奈ちゃん、こんにちは。」
「あ、私会長にお礼がいいたかったんです。」
「お礼?」
「今日、やっと京香ちゃんが登校してきてくれたの、もしかして昨日会長が京香ちゃんに何か言ってくれたからなのかなって。」
確かに昨日彼女から妹京香のことで少し相談を受けていた。
「僕は加奈ちゃんが心配しているって伝えただけで特に何もしていませんよ。実際どうして京香ちゃんが登校する気になったのかはよく分らないですよ。」
「そうなんですか。でも本当によかった。文化祭の準備にも参加してくれて。クラスの皆もきっと喜んでますよ。漆原くんも嬉しそうだったし。」
「うるしばらくん?あ、あああの、加奈ちゃん?それはもしかして先ほどから京香ちゃんと5分40秒ほど継続して会話しているあの男子生徒の事でしょうか?」
「え?ええと、ああそうです。今京香ちゃんと話しているのが漆原圭くん。京香ちゃんととっても仲がいいんですよ。」
「ナカガイ イインデスヨ?変わった日本語ですね。」
「会長切るところちがいますよ。仲が 良いんですよ。」
「オエ」
「どうしたんですか、急にえづいたりして。」
「い、いえ。一瞬吐き気が…。」
「大丈夫ですか?」
「ええ。なんとか。い、いえそんなことよりど、どどどうしましょうか?」
「なにがです?」
「京香ちゃんの可愛さに気づいてしまった彼ですよ。きっと彼京香ちゃんが好きですっ。」
「そうですね。私も京香ちゃん大好きですよ。」
「その好きではありません。ああ、まったくもどかしい。」
「あの、ところで会長。」
「な、なんですか。僕は今気が気ではないのですが。」
「さっきから気になっていたんですけど、会長はこんなところで何をしてるんですか?」
場所は南中学、3年3組教室前廊下、俺は教室のガラス戸からひっそりと妹の様子を見守っていた。
「なんか人が集まってきちゃってますけど。」
そう言われて周りを見渡すと、いつの間にか集まってきた中学生達に囲まれていた。
「あ、あの会長。よかったら私達のクラス見に来てくれませんか?」
「ぜひ1組に来てください。」
「あ、ずるい。私達2組にも来てくださいね。」
俺が振り向いたことで口ぐちに声をかけられてしまった。
「ごめん、加奈ちゃん、僕はこれで帰らせてもらうね。」
「え、京香ちゃんに会っていかないんですか?」
「残念だけどこの状況でクラスに入ったら迷惑がかかるからね。部外者は退散することにするよ。」
妹の姿を見れただけで満足するとしよう。隣にいた男子は気になるが仕方ない。
※
浅井加奈はかつての先輩で、親友の兄でもある飛鳥煌斗の後ろ姿を見ていた。話しかけてくる女生徒に嫌な顔もせずに応対しながら、廊下を進んでいる。妹京香の話をしている時とは違ってそれは中学生の時とはまた違った大人の雰囲気のようなものがあった。
彼に比べると周りにいる女生徒達がひどく子供に見えてしまうから不思議だと加奈は思った。
「なにやら廊下がうるさいですが」
いつの間にか京香と圭も教室から出てきていた。
「さっきまで飛鳥会長がいたんだよ。」
すでに煌斗の姿は見えなかった。
「兄がですか?」
京香も慌てて辺りを見回すが、煌斗が見つかることはなかった。
「他の子が集まってきて迷惑がかかるからって帰っちゃった。」
「私に会わずに帰るなんて舐めた野郎ですね。」
「お前のそれは照れ隠しなのか? やっぱり会いたかったんじゃないか。」
「当たり前です。ブラコンですから。」
「開き直ったな。さっきは否定してたくせに。」
「ツンデレですから。」
「そんな冷静に言われてもな。」
「べ、別にツンデレじゃないんだからねっ。」
「テンプレでたー」
「ところで、加奈。あなた、先ほどの話からすると兄と会話をしたみたいですが、ここで何をしていたのですか?」
「え?うーん。何してたんだろう?」
突然話を振られて驚いた加奈だった。
「私をさておき兄と2日連続で会話するなんていい度胸ですね。」
「あ、でもお話したのは京香ちゃんの事だったよ。」
京香の言葉にもまったく動じない加奈だった。
「べ、別にそんなの嬉しくなんてないんだからねっ。」
「いや、そこでツンデレだすのか!?」
「さっきからつんでれってなに?」
「ツンデネレーションの略です。」
「お前適当に行ってるだろう。そんな英語あるのか。」
「マップ上を移動して相手と戦うゲームですね。」
「それジージェネレーションだよね。」
「なぜ浅井がそこで突っ込めるんだ。お前の守備範囲が全然わからんぞ。」
話が脱線していくことに関してのツッコミを入れる人間は3人の中にいなかった。
「まあ兎に角私は疲れたのでそろそろ帰ります。」
「いや、でもまだ準備終わってないぞ。」
「私の役立たなさをなめないでください。」
「そんなことを断言するなよ。」
そういって本当に帰り仕度をはじめてしまう京香だった。周りのクラスメイトも復帰初日ということもあって止めることはしなかった。
「本当に帰っちゃったよ。」圭は京香のいなくなった教室で呟く。
「もしかして京香ちゃん、飛鳥会長がくるのを待っていたのかも。」
加奈は誰に話すでもなく一人呟いていた。