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今日は夫が忘れる日  作者: 秋月 もみじ


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第28話 記憶の壊れた王女

 その翌朝、新聞が届いた。


 一面だった。


『王弟夫妻に記憶障害か』


 セシリアは見出しを読んで、まず紙を裏返した。


「何です?」


 アレクシスが聞く。


「文字が大きすぎます」


「そこか」


「もっと小さくても読めます」


「内容は」


「読みたくありません」


 今日はアレクシスが昨日を忘れている。


 新聞を取って読む。


「『外国出身の公爵夫人、重要会議で前日の発言を記憶せず』」


「読み上げないでください」


「『王弟殿下にも同様の症状』」


「アレクシス様」


「すまない」


 読むのをやめた。


 内容は事実だった。


 悪意のある書き方ではある。


 しかし嘘ではない。


 それが一番面倒だ。


 昼前、王宮から召喚状が来た。


 明日、臨時審問。


 議題は二人の公務継続能力。


「早い」


 セシリアが紙を見る。


「誰かが準備していたな」


「ヴァルター?」


「可能性は高い」


「証拠は?」


「ない」


 最近、この会話ばかりだ。


 午後にはさらに悪い知らせ。


 国境事件について調べていることまで、一部の議員に漏れていた。


 ヴァルターが先に動いたのかもしれない。照会先はほかにもあり、今は漏れた経路まで分からなかった。


 ただし本人は表に出てこない。


 代わりに、保守派の議員が声明を出した。


『昨日の出来事を記憶できない外国王女が、十五年前の国家機密を扱うことに重大な懸念を覚える』


 セシリアは二度読んだ。


「腹が立ちますね」


「外国王女の部分か」


「そこも。でも」


 昨日の出来事を覚えていない。


 そこは本当だ。


「私が議員でも、不安かもしれません」


 アレクシスがこちらを見る。


「今くらい、私に君の肩を持たせてくれてもいいだろう」


「擁護してもらうために事実を曲げるのは嫌です」


「そういう意味ではない」


「分かっています」


 セシリアは新聞を畳んだ。


「明日、私は今日を忘れます」


「ああ」


「最悪ですね」


「延期を求める」


「嫌です」


「なぜ」


「一日延ばしても、次はあなたが忘れます。二人とも覚えている朝まで待つなら、いつになるか分かりません」


「だが」


「共同記録があります」


「記録にないこともある」


「知っています」


 以前なら、記録さえあれば大丈夫と言ったかもしれない。


 今は言わない。


「それでも行きます」


 アレクシスは黙った。


「止めないのですか」


「止めたい」


「でしょうね」


「だが君が行くと言うなら、私は準備を手伝う」


 セシリアは少しだけ目を丸くした。


「本当に成長しましたね」


「毎回言うな」


「記録しておきます?」


「やめろ」


 二人で明日の資料を整えた。


 証拠は完璧ではない。


 バスティアンの写し。

 民間運送会社の記録。

 旧第五補給隊の印。

 リデール臨時部隊。

 父王による非公開措置。


 そして呪術については、まだ発注者を直接示す証拠がない。


 午後遅く、国境の元兵士から、第五補給隊にいた戦友の手紙を持って行く、と先触れが届いた。王宮の書記局にも面会を申し込んだという。

 宮廷監査院には、これまで拒まれていた資材台帳の開示命令を求めた。


「勝てます?」


 セシリアが聞く。


「勝つ、の意味による」


「公務から追い出されない」


「それなら五分」


「低いですね」


「正直に言えと言ったのは君だ」


「言いました」


「それと」


「何?」


「明日の君は今日を忘れる。だから今言う」


 アレクシスがこちらを見る。


 セシリアは少し身構えた。


「明日は君への質問に割り込まない。助けが要る時は、こちらを見てくれ」


「見ただけで全部答えないでくださいね」


「では、合図を決めよう」


「資料を指したら、それを渡してください。まずはそこから」


「厳しいな」


「でも」


 セシリアは少し笑った。


「ありがとうございます」


 夜、共同記録を書く。


 明日の自分へ、必要なことを全部。


 新聞。

 審問。

 資料の場所。


 最後に、一行。


『怖いけれど、行く』


 書いた後で、少し考える。


 以前なら「怖い」は消した。


 今日は残した。


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