↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日は夫が忘れる日  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/34

第27話 なくした三十日は黒幕の仕業ではなかった

 バスティアンの娘が公爵邸へ来た。


 名をエマという。


 三十代半ばの、よく日に焼けた女性だった。


 部屋へ入るなり、持っていた布包みを机へ置いた。


「父から聞きました」


 挨拶より先だった。


「三十日分の帳簿を探してるって」


 セシリアは包みを見る。


「もしかして」


「全部じゃありません」


 エマが解く。


 古い紙束。


「父は帳簿を切った後、何枚か私に持たせました。私一人で書き換えたことにされないよう、自分の字も残しておくって」


「お父様から連絡が?」


「はい。父の分だけでは車を特定できなかったと。家を空ける段取りがついて、やっと来られました」


 その返事は妙に普通だった。


 セシリアは今日、昨日を忘れている。


 市場へ行って何か考えたらしいことは共同記録で知っている。


『国境の普通の日を守りたい』


 昨日の自分が随分素直なことを書いていた。


 今読むと少し恥ずかしい。


「見せていただけますか」


「そのために来ました」


 紙は十四枚。


 三十日全部ではない。


 子供を乗せた荷車には、エマ自身が印を付けていた。


 小さな丸。


「この七台です」


「七台」


「二十三人いました」


「全員リデール人?」


「たぶん。子供に国籍なんて聞かなかったので」


 セシリアは少し黙った。


「あなたが逃がしたのですね」


「はい」


「違法だと分かっていた?」


「分かってました」


「今も?」


「捕まえます?」


 エマがまっすぐ聞く。


 セシリアは答えに詰まった。


 公文書破棄。

 虚偽記載。

 戦時規則違反。


 罪はある。


 でも結果だけ見れば、子供を助けた。


「私一人で決めることではありません」


「そうですか」


 エマは少し残念そうでも、安心したようでもなかった。


 ただ事実として受け取った。


「父は?」


「同じです。処分が必要なら、事情を含めて審査を求めます」


「ここで無罪にはしてくれないんですね」


「私が約束することはできません。ただ、書類を出したからといって、この場で拘束することもしません。事情を話せるよう、法務官を紹介します」


「王女様なのに」


「王女だからです」


 そこは譲れなかった。


 帳簿を壊した責任と、子供を助けた事情。その両方を記録に残したかった。


 エマは少しして笑った。


「父が嫌いそうな答え」


「でしょうね」


 帳簿を確認する。


 七台の荷車以外にも記録がある。


 羊毛。

 薬草。

 染料。


 そして一件。


 セシリアの指が止まる。


「これ」


 民間運送番号。


 以前見つけたものと一致。


 積荷欄は軍用符号。


 日付も、臨時部隊が存在した期間に入っている。


「エマさん。この荷車を覚えています?」


 エマが紙を見る。


「いいえ」


「何かありませんでした?」


「十五年前ですよ」


「そうでした」


 最近、これを忘れがちだ。


 人は十五年前の荷車一台を普通は覚えていない。


「ただ」


 エマが紙を近づける。


「この印、父じゃない」


「印?」


 欄外に小さな三角印。


「子供を乗せた車の丸は、後で私が付けたものです。この三角は最初から押してありました。父の確認印とは違います」


 アレクシスが身を乗り出す。


「確かに。旧第五補給隊の印に似ている」


「旧第五補給隊?」


「戦争終盤に解散した部隊だ」


 アレクシスが軍制表を出す。


 印影を照合。


 一致した。


 民間会社の荷車。

 軍の確認印。

 リデール側の臨時部隊と同じ期間。


「つながりました?」


 エマが聞く。


「少しだけ」


 セシリアは答える。


「全部ではありません」


「そうですか」


 エマはそれ以上興味がなさそうだった。


 彼女にとって重要なのは昔助けた子供と父の処分だ。


 国家陰謀ではない。


 帰る前、エマが言った。


「帳簿を切ったの、国の偉い人に命じられたとかじゃないですから」


「分かりました」


「父は私が泣いてうるさかったからやっただけです」


「本人も同じことを言っていました」


「でしょうね」


 少し笑って帰った。


 セシリアは残った帳簿を見る。


 三十日分の欠落。


 初めて見つけた時には、調査を妨げたい誰かが切ったのだと思った。

 バスティアンの話を聞いてからも、娘の原本を見るまでは断定できずにいた。


 実際には違った。


 別の人間が、別の事情で隠した。


 そのせいで、本当に隠されていた一台まで一緒に消えた。


「偶然ですね」


「ああ」


「こういうこともあるのですね」


「多分、実際の調査はこういうことばかりだ」


「嫌ですね」


「同感だ」


 帰り際、エマは預かり証の隅へ父の住所を書き足した。


「悪い知らせでも、先に私へください。父、平気な顔をするから」


 セシリアは向かいにいるアレクシスを見た。

 夫もなぜか、こちらを見ていた。


 どちらも何も言わずに、先に視線を戻した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。