第22話 正しいことだけでは国は救えない
アレクシスは共同記録を読み終えると、すぐ立ち上がった。
「王都へ戻る」
「何をするのです?」
「ヴァルターを」
そこで止まった。
セシリアは待つ。
「……いや」
夫は座り直した。
「先に聞く」
「何を?」
「君はどうしたい」
セシリアは少し驚いた。
「昨日は、調査を続けるか迷いました」
「ああ」
「今日の私は昨日を覚えています」
「私は覚えていない」
「ですから、あなたよりは分かります」
ヴァルターとの会話。
彼の声。
父の名前を出された時の嫌な感じ。
調査を止めれば呪いも止まるかもしれないと言われた時、一瞬心が動いたこと。
全部覚えている。
「私は」
セシリアは言葉を探した。
「真実を公表すれば正しい、と思っていました」
「今は?」
「まだ正しいと思っています。でも、それだけで済まないとも思います」
「例えば」
「父が隠蔽したと発表すれば、リデール国内で和平反対派が勢いづくでしょう。こちらも同じです」
「ああ」
「交易が止まれば、国境の町から困ります」
「軍も動く」
「だから隠す?」
自分で言って嫌になる。
「それも違う」
アレクシスは机に肘をついた。
「私は昨日を知らない。だから少しずるい立場だ」
「何が?」
「ヴァルターに直接言われたら、私も迷ったかもしれない」
「あなたが?」
「私を何だと思っている」
「無鉄砲な元軍人」
「だいぶ悪いな」
「最近の実績です」
少し笑う。
その後、アレクシスが言った。
「全部一度にやる必要はない」
「何を?」
「真実を出すことと、和平を守ることだ」
セシリアは眉を寄せる。
「どういう意味です?」
「先に、真実が出ても壊れない仕組みを作る」
「例えば?」
「両国共同の調査委員会。軍を国境線から少し下げる。主要商会には先に説明して物流停止を防ぐ」
「そんな簡単に」
「簡単ではない」
「でしょうね」
「だから時間がいる」
ヴァルターは「今出せば和平が壊れる」と言った。
なら、今でなければいい。
隠すのではなく、壊れにくくしてから出す。
セシリアは考える。
「証拠も足りません」
「ああ」
「ヴァルターが呪いに関係している証拠も」
「ああ」
「父が何を隠したかも」
「ああ」
「では、やることが増えましたね」
「増えたな」
二人でため息をついた。
午後、王都へ戻る準備を始めた。
セシリアは自分に権限のある合同通商記録について、原本の移動と廃棄を止める通達を出した。軍の記録にはアレクシスから保全を求める。
アレクシスは守備隊の配置を確認する。
派手ではない。
ひたすら地味だった。
途中、マルタが茶を持ってきた。
「お二人とも昼食は?」
セシリアとアレクシスが顔を見合わせる。
「……忘れていました」
「記憶の呪いのせいではございませんね」
「違います」
「では食べてください」
パンとスープを机へ置かれた。
アレクシスが共同記録へ勝手に書く。
『本日、夫婦とも昼食を忘れる』
「消してください」
「重要だ」
「何に?」
「健康管理」
「その欄、本当に嫌いです」
でもスープは飲んだ。
夕方、出発前にセシリアが共同記録をまとめる。
『調査は継続する』
昨日の『保留』の下に書いた。
ただし続きがある。
『公表を急がない。和平維持策を同時に準備する』
アレクシスが隣で読む。
「これでいいか」
「いい、ではなく、これで行きたいです」
「ああ」
「あなたは?」
「私もだ」
決めるまで二日かかった。
以前のセシリアなら、その二日を無駄だと思ったかもしれない。
今は、迷った時間も必要だったと思う。
記録を閉じ、夕食前に宿を発った。
王都の門には到着が夜になると先触れを出す。今度の馬車の車輪は、夫婦二人で確認した。
明日、今日を忘れるのはセシリアだ。
記録を読みながらまた迷うかもしれない。その時は、今日の結論だけでなく、決めるまでの話もしてもらおう。
「帰りの馬車でも、少し話せます?」
「ああ。寝てしまわなければ」
「その時は起こします」
「少しだけ寝かせてくれ」




