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56歳孤独な男の独白  作者: 無能で孤独な男
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無能な私

焼肉を食べた翌朝、私は腹の痛みで目を覚ました。


時刻は午前四時半だった。


胃の中に、昨夜食べた肉と米がまだ残っているような感覚があった。


胸が焼けるように痛い。


口の中も気持ちが悪かった。


しばらく布団の上で丸くなっていたが、今度は急に便意がきた。


私は慌ててトイレへ駆け込んだ。


もう胃にも腸にも、何も入らないほど食べたつもりだった。


それでも体は、無理やり外へ出そうとしていた。


トイレから出た頃には、五時を過ぎていた。


仕事を休もうかと思った。


だが、すぐに考え直した。


私はこれまでにも、何度も職場で迷惑をかけている。


急に休めば、また清掃会社から怒られる。


体調管理も仕事のうちだ。


以前、担当者からそう言われたことがあった。


私は胃薬を飲み、朝食を食べずに家を出た。


電車の中でも腹痛は続いた。


空いている席に座り、体を丸めて耐えた。


一駅進むたび、途中で降りてトイレへ行くべきか迷った。


それでも、どうにか七時前には勤務先へ到着した。


私が清掃を担当していた、駅前の商業施設だ。


いつもの制服に着替え、清掃用具置き場へ向かった。


その時点で、額には汗がにじんでいた。


「顔色悪いですよ」


同僚の女性に言われた。


「大丈夫です」


反射的にそう答えた。


本当は大丈夫ではなかった。


だが、大丈夫ではないと言ったところで、代わりに働いてくれる人はいない。


開店までに、正面入口と一階の通路を終わらせなければならなかった。


私は床洗浄機のタンクへ水を入れた。


次に、洗剤を入れようとした。


洗剤は水で薄めて使う。


何度もやっている作業だった。


しかし、その日は腹の痛みで集中できなかった。


目盛りを確認せず、洗剤を容器から直接タンクへ注いだ。


少し多いとは思った。


それでも早く作業を始めたくて、そのまま床洗浄機のスイッチを入れた。


最初は、いつもと変わらなかった。


機械を押しながら、正面入口の床をゆっくり進んだ。


だが、しばらくすると、床洗浄機の下から白い泡が出始めた。


洗剤の量が多すぎたのだ。


私は慌てて機械を止めようとした。


その瞬間、また腹に強い痛みが走った。


思わず操作レバーを握り締めた。


床洗浄機が急に前へ進んだ。


「危ない!」


同僚の声が聞こえた。


機械は清掃用のカートにぶつかった。


カートに載せていたバケツが倒れ、中の汚れた水が床へ流れ出した。


白い泡と黒い水が混ざり、正面入口いっぱいに広がっていく。


私は何をすればいいのか分からず、その場に立ち尽くした。


「何してるんですか! 早く止めて!」


「すみません」


「雑巾! いや、先に機械をどかして!」


「すみません」


言われたとおりに動こうとするほど、頭の中が混乱した。


床洗浄機を動かそうとして、今度は電源コードを足に引っかけた。


私は転び、膝を床に打ちつけた。


大きな音が、開店前の施設に響いた。


騒ぎを聞きつけ、施設の管理責任者がやってきた。


泡だらけになった正面入口を見て、顔色を変えた。


「何だ、これは」


「申し訳ありません」


私は床に膝をついたまま頭を下げた。


「開店まで、あと二十分しかないんだぞ!」


「すみません」


「また、あなたですか」


その言葉に、私は顔を上げることができなかった。


この現場でミスをしたのは、初めてではなかった。


以前には、ゴミを分別せずに捨てた。


トイレの清掃中を示す看板を片づけ忘れたこともある。


店の備品を誤って廃棄し、ゴミ袋の中を探したこともあった。


一つ一つは、取り返しのつかない失敗ではなかった。


そのたびに謝り、次からは気をつけると約束した。


だが、私は何度も同じようなミスを繰り返した。


管理責任者は、私ではなく同僚へ言った。


「この人を、もう現場に入れないでください」


「ですが、人手が……」


「清掃会社には、こちらから連絡します。とにかく、今日は帰らせてください」


私は立ち上がり、もう一度頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」


管理責任者は、私を見ようともしなかった。


制服から私服へ着替え、従業員用の出口から外へ出た。


出勤してから、まだ一時間も経っていなかった。


帰宅するため駅へ向かっている途中、携帯電話が鳴った。


清掃会社からだった。


私は人通りの少ない場所へ移動し、電話に出た。


「はい」


『お前、今度は何やった?』


担当者の声は、最初から怒っていた。


「洗剤の量を間違えてしまって……」


『先方から、もう来させるなって連絡があったぞ』


「申し訳ありません」


『何回目の出禁だ?』


私は答えられなかった。


覚えていなかったわけではない。


答えたくなかった。


物流倉庫。


病院。


オフィスビル。


そして、今回の商業施設。


数えてみれば、四か所目だった。


『こっちだって慈善事業じゃないんだよ』


「はい」


『本当なら、もう辞めてもらうところだ』


その言葉を聞いた瞬間、携帯電話を持つ手に力が入った。


この仕事まで失えば、家賃を払えなくなる。


五十六歳の私を新しく雇ってくれる場所など、簡単には見つからない。


「もう一度だけ、お願いします」


私は通行人に見られないよう、建物の壁へ向かって頭を下げた。


「次は気をつけます。どんな現場でも行きます。ですから……」


電話の向こうで、担当者が深いため息をついた。


『分かった。ちょうど一つ、人が足りてない現場がある』


「ありがとうございます」


『ただし、これが最後だ。次の現場でも問題を起こしたら、うちもクビだ』


「はい。絶対に問題を起こしません」


『来週から行ってもらう。場所は、県立高校だ』


私は少しだけ安心した。


学校なら、商業施設より仕事は落ち着いているかもしれない。


生徒が授業を受けている間に、静かに廊下やトイレを掃除すればいい。


そう思った。


だが、その高校について調べてみると、私の想像とはまるで違っていた。


県内屈指の低偏差値。


喫煙、暴力、恐喝による停学者多数。


地元では、不良高校として知られていた。


そこが、私に残された最後の現場だった。

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