黒田蓮司②
「普通の女じゃないんです」
別の男が慌てて説明した。
「空手か柔道か分からないですけど、何かやってます。蹴りも投げも使ってきて、俺たちが反撃する隙もなくて……」
「なぜ喧嘩になった」
黒田が尋ねた。
「それは……」
「最初から話せ」
男は諦めたように、すべてを話した。
清掃員を使い走りにしようとしたこと。
財布から一万三千円を奪ったこと。
服を脱がせ、パンツ一枚にしたこと。
清掃員が、自分は東大を卒業したのに、なぜこんな人生になったのかと泣き喚いたこと。
最後にもう一度殴ろうとした瞬間、黒いヘルメットをかぶった女子生徒が現れたこと。
そして、その女子生徒一人に、五人全員が倒されたこと。
「金は?」
黒田が尋ねた。
「女に取り返されました」
長い沈黙が流れた。
柴崎が、先頭の男へ歩み寄る。
「おっさんをカツアゲした」
「はい……」
「女一人に全員負けて、その金まで取り返された」
「すみません」
「そのうえ、事故だったと黒田さんに嘘をついた」
男は何も言えなかった。
柴崎が胸ぐらをつかもうとする。
だが、黒田が片手を上げると、その動きが止まった。
黒田は五人の前に立った。
「このことを知っているのは?」
「俺たち五人と、あの女と清掃員だけです」
「ほかに見ていた奴はいないんだな」
「はい」
「誰かに話したか」
五人は一斉に首を振った。
「誰にも話してません」
「絶対に話しません」
「だから、女と清掃員を見つけて、俺たちで必ず――」
先頭の男が、そこまで言ったときだった。
黒田の拳が、その顔面へ突き刺さった。
鈍い音が教室に響く。
男の身体が後方へ倒れ、机と椅子を巻き込んだ。
「黒田さん……?」
鼻を押さえながら、男が呆然と見上げる。
黒田は答えなかった。
倒れている男の腹を蹴り上げた。
身体が床を滑り、壁へぶつかる。
残る四人が後ずさった。
「待ってください!」
「俺たちは誰にも話しません!」
「もう一度だけ、やらせてください!」
黒田は四人の訴えを無視した。
「失敗したお前たちに、次があると思ってるのか」
「次は人数を集めます!」
「絶対に二人を黙らせます!」
「お願いします!」
黒田は柴崎へ顔を向けた。
「やれ」
柴崎の口元に笑みが浮かんだ。
「全員ですか?」
「立てなくなるまでだ」
教室にいた黒田派の者たちが、一斉に立ち上がった。
五人の顔から血の気が引く。
「待ってください!」
「黒田さん!」
「俺たちは黒田派ですよ!」
逃げようとした一人が、扉の前で柴崎につかまった。
柴崎は男の髪をつかみ、教室の中央へ引き戻す。
「だから何だ?」
男の顔へ膝を突き上げた。
男が床へ倒れる。
それを合図に、黒田派の者たちが五人を取り囲んだ。
拳と蹴りが一斉に降り注ぐ。
顔を殴られる。
腹を蹴られる。
倒れても終わらない。
頭を守ろうと丸まれば、背中や脇腹を何度も踏みつけられた。
「やめてください!」
「誰にも言いません!」
「お願いします!」
懇願する声は、殴打の音にかき消された。
一人が床を這い、黒田の足元まで逃げてきた。
「黒田さん……助けて……」
男は黒田の学ランをつかもうとした。
黒田は、その手を踏みつけた。
男が悲鳴を上げる。
「女一人に負けた」
黒田は男を見下ろした。
「金を奪われた」
靴の下へ、少しずつ力を加えていく。
「そのうえ、俺に嘘をついた」
「すみません……」
「二度と俺に嘘をつけないよう、覚えておけ」
黒田が足を離す。
男は潰された手を抱え込んだ。
柴崎たちは、再び五人を取り囲んだ。
拳が振り下ろされる。
靴底が脇腹へ食い込む。
一人ずつ動かなくなり、やがて懇願も、うめき声も聞こえなくなった。
床には、五人の男子生徒が折り重なるように倒れていた。
黒田は、自分より弱い人間が怯え、謝り、許しを求める姿を見ることを好んでいた。
だが、理由もなく部下を殴れば、周囲の人間は離れていく。
だから黒田は、いつも相手が殴られて当然だと思わせる理由を作った。
命令に失敗した。
黒田派の面子を潰した。
事故だと嘘をついた。
秘密を漏らすかもしれない。
どれも間違いではない。
だが、黒田にとっては、五人を殴るための都合のいい口実にすぎなかった。
黒田が視線を動かした。
「残っているのは、あと二人だ」
柴崎が答える。
「黒いヘルメットの女と、田代という清掃員ですね」
「ああ」
「居場所を調べます」
「急げ。二人が誰かに話す前に消せ」
教室にいる男たちは携帯電話を取り出し、校内にいる仲間へ連絡を始めた。
黒いヘルメットをかぶった女子生徒。
東大卒を名乗る、田代という清掃員。




