黒田蓮司①
放課後。
鈴宮高校の本校舎、その最上階にある空き教室へ、五人の男子生徒が入ってきた。
先頭の男は、右目の周囲を紫色に腫らしていた。
その後ろの男は、包帯を巻いた手首を胸元でかばっている。首投げで床へ叩きつけられた男は背中を丸め、足を引きずっていた。
残る二人も、頬や唇に傷を作っている。
武藤はるかに倒された五人だった。
教室の中には、黒田派の人間が十数人集まっていた。
窓際で煙草を吸う者。
机の上でトランプをする者。
携帯電話から音楽を流す者。
五人が入ってくると、一斉に視線が集まった。
「お前ら、その顔どうした?」
一人が尋ねた。
「事故った」
先頭の男が短く答えた。
「五人そろって事故か?」
「うるせえ。黙ってろ」
幸い、自分たちが女一人に倒されたことは、まだ誰にも知られていない。
あの場にいたのは、自分たち五人と清掃員の田代、そして黒いヘルメットをかぶった女子生徒だけだった。
二人さえ黙らせれば、今回の失態を隠すことができる。
五人は、そう考えていた。
教室の一番奥。
窓際へ移動させた教師用の机に、一人の男子生徒が腰を下ろしていた。
黒田蓮司。
鈴宮高校最大の勢力、黒田派を率いる三年生だった。
身長は百八十センチを超えている。
校則とは形の違う黒い学ランを着て、肩近くまで伸びた髪を後ろで束ねていた。
黒田は、頬杖をついたまま五人を見ていた。
何も言わない。
怒っている様子もない。
ただ、その細い目が、一人ずつ傷を確認している。
黒田の隣には、短く刈り上げた髪に、太い銀色の鎖を首から下げた男子生徒が立っていた。
三年の柴崎剛。
黒田派の幹部であり、黒田に次ぐ実質的な二番手だった。
黒田が直接動くことは少ない。
逆らった者への制裁や、ほかの派閥との揉め事の始末は、ほとんど柴崎が担当している。
入学直後、上級生三人を病院送りにしたという噂があり、校内では「黒田の番犬」と呼ばれていた。
もっとも、その呼び名を柴崎本人の前で口にできる者はいない。
黒田が視線を向けると、教室から音が消えた。
煙草を吸っていた者は、煙を吐くことさえためらった。
携帯電話から音楽を流していた者は、慌てて画面を伏せた。
「黒田さん」
先頭の男が頭を下げた。
「すみません」
黒田の目が、わずかに細くなった。
「俺はまだ、何も聞いてない」
黒田の目が、わずかに細くなった。
「事故に遭ったと言ったな」
「はい。車にはねられて……」
黒田は五人の傷を見回した。
腫れ上がった顔。
蹴られたような脇腹の痣。
誰かにつかまれた痕が残る手首。
投げられたように汚れた制服の背中。
喧嘩に明け暮れている黒田には、すぐに分かった。
どれも交通事故でできた傷ではない。
殴られ、蹴られ、投げられた傷だった。
黒田は机から立ち上がり、五人の前へ歩いてきた。
「俺を騙せると思ったのか?」
「本当に事故で――」
黒田の拳が、男の腹へめり込んだ。
男は息を詰まらせ、その場に膝をついた。
「もう一度だけ聞く」
黒田が男の髪をつかみ、顔を上げさせる。
「誰にやられた」
男はしばらく黙っていたが、やがて観念した。
「……一年の女です」
教室がどよめいた。
「女?」
「こいつら五人が?」
「嘘だろ……」
先ほどまで黙っていた生徒たちが、一斉に顔を見合わせる。
笑う者はいなかった。
女一人に五人まとめて倒されたという事実は、冗談で済む話ではない。
「静かにしろ」
柴崎が低い声で言った。
それだけで、どよめきが止まった。
黒田は表情を変えず、男を見下ろしていた。
「相手は一人か?」
「はい。黒いバイクのヘルメットをかぶった女、一人です」
今度は、誰も声を出さなかった。




