5つの派閥
「ボコボコにしたのは、君だよね?」
私が指摘すると、女子生徒は少し黙った。
「細かいことはいいの」
「細かくない。俺は一度も反撃してないんだぞ」
「でも、あいつらにとっては同じ。あなたは私に助けられた。だから、次からはあなたも敵として扱われる」
あまりにも理不尽だった。
女子生徒は床に落ちていた空き缶を四つ拾い、私たちの間へ並べた。
「そもそも、あなたはこの学校のことを何も知らない」
「県内で一番頭の悪い不良高校だとは聞いてる……」
「ただの不良高校じゃない」
女子生徒の声が低くなった。
「ここは、全国から不良が集まってくる学校なの」
「全国から?」
「ほかの学校を退学になった人。地元にいられなくなった人。少年院から出てきた人。喧嘩で名前を売りたい人。そういう生徒を、ほとんど断らずに受け入れてる」
この学校には寮がある。
通常の入学試験だけでなく、年度の途中でも転入生を受け入れているらしい。
行き場を失った生徒たちの受け皿。
表向きは、そういうことになっている。
「でも、今は違う」
女子生徒は続けた。
「この学校で一番になれば、全国の不良に名前が知られる。ほかの学校を追い出されて来るんじゃなくて、最初からここを目指して入ってくる人もいる」
私は言葉を失った。
ちょっとした悪ガキが集まっただけの学校だと思っていた。
教師に反抗し、授業をさぼり、廊下へゴミを捨てる。
それだけだと。
だが、実際は違った。
この学校そのものが、不良たちにとって一つの舞台になっていた。
「毎年、全国から腕に自信のある不良が入ってくる。でも、学校全体を一つにまとめた人は、まだいない」
「まとめる必要があるのか?」
「この鈴宮高校の天下を取って、すべての不良を従えた人間は、全国の不良の頂点に立ったと言っても過言ではない」
私には理解できなかった。
東大へ入るために、全国から学生が集まるのなら分かる。
だが、この学校には、喧嘩で頂点に立つために不良が集まってくる。
私が東大を目指して勉強していたころと同じように、彼らは拳でこの学校の頂点を目指しているのだ。
「今、この学校には大きな派閥が四つある」
女子生徒は、一つ目の空き缶を指さした。
「最大勢力は、三年の黒田蓮司が率いる黒田派。百人近くいる」
「百人……」
「黒田は、鈴宮高校で一番権力を持ってる男。背が高くて、学校指定のブレザーを着ないで、古い黒の学ランを勝手に着てる」
「教師は注意しないのか?」
「できると思う?」
できないのだろう。
私でさえ、名前を聞いただけで胃の奥が重くなっている。
「黒田は自分から喧嘩をすることは少ない。でも、弱いわけじゃない。入学した日に三年生を五人倒して、当時の最大派閥を乗っ取った」
黒田蓮司。
この学校に来てから、一度も会ったことはない。
それでも、できることなら卒業まで会いたくないと思った。
「黒田派は、人数と金で学校を支配してる。下級生から金を集めて、逆らった人間を大勢で潰す。さっきの連中も黒田派の下っ端」
「あれで下っ端なのか」
全身の痛みが、さらに強くなったような気がした。
女子生徒は、二つ目の空き缶へ手を伸ばした。
「二つ目は、青木派。リーダーは二年の青木慎吾」
「二年生なのか?」
「二度留年してるから、年齢は十九。中学までは柔道の強化選手だった。でも、大会で相手を必要以上に痛めつけて、競技から追放された」
大河内は身長百九十センチを超える巨漢で、坊主頭に太い眉をしているらしい。
普段は無口だが、一度喧嘩が始まれば、相手が動かなくなるまで止めない。
「青木派は二十人ほど。でも、柔道や空手、ボクシングをやっていた人間が多い。喧嘩の強さだけなら、黒田派より上だと言われてる」
「君でも勝てないのか?」
「青木一人なら、戦ってみないと分からない。でも、全員で来られたら無理」
彼女はあっさり答えた。
「三つ目は、神崎派。リーダーは三年の神崎麗奈」
三つ目の空き缶を、指先で弾く。
「女子を中心にした集団。神崎は喧嘩をしないし、人前では優等生を演じてる。成績もよくて、教師からの評判もいい」
「それのどこが不良なんだ?」
「裏で人を操るの。校内の情報をほとんど握ってる。誰と誰が付き合ってるとか、誰が何を盗んだとか、教師が隠していることまで知ってる」
気に入らない人間がいれば、噂を流す。
恥ずかしい動画を拡散する。
家族や教師へ、知られたくない情報を送りつける。
自分では手を汚さず、相手が学校へ来られなくなるまで追い詰める。
「神崎に弱みを握られたら、黒田でも簡単には手を出せない」
私は校内に広められた謝罪動画を思い出した。
殴らなくても、人を追い詰めることはできる。
それは私自身が、よく知っていた。
「最後は、真壁派」
四つ目の空き缶が置かれた。
「リーダーは三年の真壁京介。人数は十人もいない。でも、一番危ない」
真壁は赤く染めた長い髪と、左の頬にある傷が特徴らしい。
一年生のとき、教師へ暴力を振るって半年近く学校から姿を消した。
だが、退学にはならなかった。
父親が地元の有力者で、兄が暴走族の幹部だからだという。
「真壁は、学校の外に仲間がいる。地元の暴走族や卒業生とつながってるから、必要なら何十人でも呼べる。武器を使うことにも抵抗がない」
床に四つの空き缶が並んでいる。
黒田蓮司が率いる、最大勢力の黒田派。
青木慎吾が率いる、武闘派集団の青木派。
神崎麗奈が率いる、情報を武器にする神崎派。
真壁京介が率いる、校外にまで力を持つ真壁派。
それぞれが校内に縄張りを持ち、互いの動きを探りながら、学校の頂点を狙っている。
ここは、ただ偏差値が低いだけの高校ではなかった。
全国から不良が集まり、誰が一番強いのかを争う場所だった。
そして私は、その最大勢力である黒田派の人間に目をつけられた。
「今日、黒田派の下っ端が、正体不明の女子生徒にまとめて倒された」
女子生徒が、一つ目の空き缶を倒した。
金属音が部屋に響く。
「この話は、もう四つの派閥へ伝わり始めてる。黒田派は面子を潰された。必ず報復に来る」
「君に、だろ?」
「あなたにも」
「なんでだよ」
「あなたを助けるために、私が黒田派へ手を出したから」
「だからって、どうして俺まで……」
女子生徒は私の訴えを無視し、床に転がっていたもう一つの空き缶を拾った。
それを、四つの空き缶から少し離れた場所へ置く。
「そして、黒田派へ喧嘩を売った新進気鋭の田代派」
「田代派?」
聞き覚えのある名字だった。
いや、聞き覚えがあるどころではない。
田代は、私の名字だ。
「ちょっと待て。どうして俺の名前を知ってる?」
女子生徒は、私の身体にかけられた作業着の胸元を指さした。
清掃会社の名札が、ついたままになっている。
そこには、はっきりと印刷されていた。
『田代たわし』
私の本名だった。
「名札に書いてある」
「あ……」
「田代たわし。変わった名前だから、すぐ覚えた」
私は反射的に名札を手で隠した。
不良たちに服を脱がされ、東大卒だと泣き喚き、今度は本名まで知られてしまった。
「それで、どうして田代派になるんだ」
「黒田派へ喧嘩を売った中心人物だから」
「中心人物は君だろ。俺は床に倒れてただけだ」
「でも、助けた理由はあなた。だったら、あなたが中心」
「勝手に派閥を作るな」
「構成員は、今のところ二人」
「俺を数に入れるな」
女子生徒は私の抗議を無視した。
床には、四つの勢力を表す空き缶と、少し離れた場所に置かれた五つ目の空き缶がある。
百人近い黒田派に対して、田代派は二人。
しかも、そのうちの一人は五十六歳の清掃員で、まともに立つことすらできない。
どう考えても、学校で最も弱い派閥だった。
「今日から、五つ目の勢力ができた」
女子生徒は、五つ目の空き缶を指で押した。
「田代派の誕生ね」
「頼むから、今すぐ解散してくれ」




