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56歳孤独な男の独白  作者: 無能で孤独な男
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ヘルメットの少女


振り上げられた拳を、女子生徒がつかんでいた。


「何だ、お前」


リーダー格の男が腕を振りほどこうとした。


だが、女子生徒の手は離れなかった。


彼女は、この学校の制服を着ていた。


頭には、顔全体を覆う黒いバイク用のヘルメットをかぶっている。黒いシールドに隠され、顔も表情もまったく見えなかった。


「離せよ!」


男が怒鳴り、空いている方の拳を振り回した。


女子生徒は顔をわずかに傾け、その拳をかわした。


同時に、つかんでいた手首を引き寄せる。


男の身体が前へ崩れた。


次の瞬間、女子生徒の膝が男の腹へ突き刺さった。


「ぐっ……!」


男の身体が折れ曲がる。


女子生徒は男の首の後ろへ腕を回し、身体を反転させた。


男の足が床から浮いた。


何が起きたのか分からなかった。


大きな音とともに、男の背中が床へ叩きつけられた。


部屋の空気が止まった。


倒された本人も、周囲の不良たちも、すぐには動かなかった。


私も同じだった。


薄れていた意識が、目の前の出来事によってわずかに引き戻された。


「てめえ!」


肩幅の広い男が、女子生徒へ殴りかかった。


彼女は一歩踏み込み、腕で拳を受け流した。


直後、男の腹へ拳を打ち込む。


男の身体がくの字に曲がった。


さらに顎を狙って、もう一発。


短く、鋭い打撃だった。


空手だろうか。


格闘技に詳しくない私には、それくらいしか思い浮かばなかった。


女子生徒は、よろめいた男の襟と袖をつかんだ。


男は身体を引こうとしたが、逃げられなかった。


ヘルメットが男の顔面へぶつかる。


鈍い音がした。


男が鼻を押さえた瞬間、女子生徒は自分の脚を男の脚へ絡ませた。


上半身を押し、足を刈る。


肩幅の広い身体が、横向きに倒れた。


床へ落ちる直前、女子生徒は男の腕を強く引いた。


受け身を取ることもできず、男は肩から床へ激突した。


「があっ!」


短い悲鳴が上がった。


今度は、柔道だろうか。


打撃だけではない。


彼女は相手をつかみ、投げることもできた。


だが、空手と柔道を同時に使うものなのか、私には分からなかった。


「こいつ、やべえぞ!」


後ろにいた二人が、同時に動いた。


一人が女子生徒の背後から抱きつく。


もう一人が、正面から蹴りを放った。


女子生徒は背後の男に抱えられたまま、身体をひねった。


正面から飛んできた蹴りが、彼女ではなく、背後の男の脛へ当たった。


「痛え!」


抱きつく力が緩んだ。


女子生徒は腰を落とし、背後の男の腕をつかんだ。


そのまま身体を前へ折る。


男の身体が、彼女の背中を越えて宙を舞った。


机の上へ背中から落ち、積まれていた空き缶が床へ散らばった。


正面にいた男が、もう一度蹴りを放つ。


女子生徒は両腕で受け止めた。


衝撃で半歩下がったが、倒れなかった。


蹴りを受けたまま、男の脚を抱える。


「離せ!」


男は片脚で跳ねながら、女子生徒のヘルメットを殴った。


一発。


二発。


拳が硬いヘルメットへ当たるたび、乾いた音が響いた。


それでも女子生徒は、抱えた脚を離さなかった。


軸足へ低い蹴りを入れる。


男の膝が崩れた。


女子生徒は抱えていた脚を持ち上げ、そのまま前へ押し込んだ。


男の身体が後ろへ倒れ、背中から床へ落ちた。


そこへ女子生徒が覆いかぶさる。


制服の襟をつかみ、ヘルメット越しの頭突きを一発入れた。


男の抵抗が止まった。


空手でも、柔道でもないように思えた。


殴る。


蹴る。


つかむ。


投げる。


相手と密着した状態から、硬いヘルメットで頭突きまで放つ。


何かの武術なのだろうか。



とにかく強かった。


それだけは、格闘技を知らない私にも理解できた。


次から次へと、不良たちが倒されていった。


一人を殴り、一人を投げる。


殴りかかってきた腕をつかみ、その勢いを利用して床へ転がす。


立ち上がろうとした男の腹へ蹴りを入れ、別の男が背後から襲えば、身体を沈めて前へ投げ飛ばす。


まさに、ちぎっては投げ、ちぎっては投げていた。


だが、彼女も無傷ではなかった。


横から振られた拳が、ヘルメットに当たった。


大きな音がして、身体がよろめいた。


別の男が腰へしがみつく。


女子生徒は二人がかりで壁へ押し込まれた。


「押さえろ!」


起き上がったリーダー格の男が、女子生徒の腹を蹴った。


彼女の身体が壁へぶつかった。


「調子に乗んなよ!」


もう一度、蹴りが飛んだ。


女子生徒は身体を横へずらした。


男の靴底が壁に当たる。


その脚が下りるより早く、彼女は踏み込んだ。


左の拳が男の腹へ突き刺さった。


続けて、右の拳が顔面を覆う腕の隙間へ入った。


男の頭が跳ね上がる。


女子生徒は男の後頭部へ片手を添え、膝を腹へ入れた。


動きの止まった男の襟をつかみ、足を引っかける。


押し倒すように、床へ投げた。


倒れた男の胸元へ膝をつき、拳を振り上げる。


「や、やめろ!」


男が両腕で顔を隠した。


女子生徒の拳は、その顔の直前で止まった。


「次にこの人へ手を出したら、今度は止めない」


ヘルメットの中から、低くくぐもった声が聞こえた。


「分かった?」


男は何度も頷いた。


女子生徒が身体を離すと、男は床を這って逃げた。


「おい、行くぞ!」


不良たちは、倒れている仲間を起こした。


肩を貸し合い、机や壁につかまりながら扉へ向かう。


リーダー格の男は、出口で一度振り返った。


何か言いたそうにしていたが、女子生徒が一歩近づくと、すぐに目をそらした。


彼らは部屋から逃げていった。


廊下を走る足音が、少しずつ遠ざかっていく。


部屋には、私と女子生徒だけが残された。


私はパンツ一枚のまま、床に倒れていた。


助かったという実感はなかった。


全身が痛み、起き上がることもできなかった。


女子生徒は、床に落ちていた私の作業着を拾った。


それを私の身体へかける。


続いて、踏まれて曲がった眼鏡を拾い、私のそばへ置いた。


「ありがとうございます……」


かすれた声で言った。


女子生徒は答えなかった。


私の前にしゃがみ込む。


黒いシールドに、自分の腫れた顔が映っていた。


女子生徒は私を助け起こそうとも、けがを心配しようともしなかった。


しばらく黙って私を見たあと、尋ねた。


「東大に行ってたっていうのは、本当?」


なぜ、今それを聞くのだろう。


助けてくれた理由も、ヘルメットをかぶっている理由も分からなかった。


私は作業着で身体を隠しながら、小さく頷いた。


「……本当です」


女子生徒は、しばらく黙って私を見つめていた。


黒いシールドの奥で、彼女がどんな顔をしているのかは分からなかった。

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