第八話 婚約者の心と真実②
ジェラルド視点です。
『どうして伯爵令嬢なのにそんなに傷だらけなの?』
セレーナが僕に慣れ、僕がこの茶会に慣れてきた頃。ジョシュアが学園の用事で遅れるため、僕だけ先に屋敷にお邪魔したことがあった。
ジョシュアがいると聞きにくいけど、いつも疑問に思っていたことを問いかけてみると、セレーナはいつかのようにうつむいて黙ってしまった。
言いたくないことを無理に聞きたいわけじゃない。僕は思わず幼い妹をあやすように頭を撫でた。
『僕は治癒魔法が使えないんだ。ごめんね』
僕のその言葉を聞いて、セレーナは小さく首を横に振った。
また関係が遠くなってしまったのではないかと少々肝を冷やしたが、そうではなさそうで安堵した。
『今日はお菓子を持ってきたんだ。セレーナも一緒にどうかな?』
彼女の細さが気にならないわけもなく、ただ茶会に菓子があれば口にしていたので、今日は僕からも多めに用意してみたのだ。
『……ありがとう、ございます……オルクス様』
今までセレーナに名を呼ばれたことがなく、僕の名前を覚えているのか不安だったが、不意に口にされ、些か舞い上がってしまった。
『ジェラルド、でいいよ? セレーナは僕の親友の妹なんだから』
そう言うと、セレーナは初めて笑った。細められたエメラルドの瞳が美しい。
その美しさに胸がドクドクと大きく鳴った。
装いを整えれば、もっと美しくなるだろう。兄であるジョシュアが端麗なのだから。
それからも三人の小さな茶会は定期的に開かれた。セレーナは小さく笑うようになり、そんな時は自分も心が弾んだ。
気がつけば二年という歳月が経とうとしていたある日。父からセレーナが学園に入る前に彼女と僕の婚約を結ぶと聞かされた。
ラスウェル伯爵とはすでに書面を交わしたとのことだった。
(事後報告、か……)
貴族であれば、仕方のないこと。別にセレーナが嫌だというわけではない。
ただ、婚約する当事者抜きで婚約が結ばれたことに、本当に貴族間の契約関係でしかないのだなと、どこか義務のように感じてしまっただけだ。
婚約を結んで、しばらくして、セレーナが学園に入学した。
『入学、おめでとう。セレーナ』
『ありがとうございます、ジェラルド様』
『まあ、あなたがおねえさまの婚約者様ですの?』
『君は――』
この日、初めてセレーナの妹であるシャーロットに出会った。
セレーナとは正反対と言ってもいいほど、明るく、屈託なく笑い、積極的に距離を詰めてくる。
最初はその距離感に戸惑っていたが、半年経つ頃には隣にいても気にならなくなった。
『ジェラルド様。今日もおねえさまは私が誤解されるようなことをしたのです』
『セレーナが? いったい、何をしたの?』
最初こそ、シャーロットの話を聞き流していたものの、最近は耳を傾けるようになった。
というのも、内容に少し納得できる部分があったからだ。
シャーロットいわく、シャーロットはラスウェル伯爵の実子ではあるが、母親が違うことで、ラスウェル伯爵家では厳しい立場に置かれている、ということだった。
『おねえさまはいつも使用人のような格好をして、私や母の伯爵家での立場を悪くしているのです。すべては私や母がおねえさまのことを気に入らないから、こんな扱いを受けているのだと、周囲に知らしめるために……』
シャーロットは涙ぐんだ。
『おにいさまも、私がおねえさまを使用人のように扱っている、と思っている……』
シャーロットの瞳から大粒の雫が溢れ落ちた。
今まで何度もタウンハウスに行っていたのに一度もシャーロットに会わなかったのも、すべてセレーナが画策したことらしい。
セレーナはジョシュアに対しても、シャーロットに対しても、弱い自分を見せることで気を引こうとしてるそうだ。
(そういえば……いつも傷だらけでボロボロな姿だったな。それをジョシュアに治癒してもらっていた。それにそんな姿を僕の前でもしていたということは――セレーナは僕の気も引こうとしていたのか?)
学園ではほぼ顔を合わせることはないが、見かけるといつも無表情だった。しかし、そんなセレーナも三人の茶会では小さく微笑んでいる。
セレーナの微笑みに、ジョシュアはどことなくホッと安堵したような表情をしていた。
(僕らは――セレーナに騙されているのか?)
以前は心地よささえ感じていた小さな茶会で、僕は複雑な気持ちを抱えるようになっていった。




