第七話 婚約者の心と真実①
ジェラルド視点です。
『君、妹がいるんだって? 今度、紹介してよ』
学園に入って間もなく、僕は窓際の端に無表情でポツリと座る令息に声をかけた。
公爵家の血を引くラスウェル伯爵家の嫡男ジョシュア・ラスウェル。
彼はちょっとした有名人だ。
膨大な魔力を持ち、公爵家の血筋で大聖女とも呼ばれた母親を思わせる治癒魔法と浄化魔法を十歳の時に発現させた。
大聖女である彼の母親が亡くなってすぐのことだったため、彼女の力を継いだのではと囁かれていたと聞く。
そして、オルクス侯爵家の嫡男として生まれた僕には当主から課された使命があった。
『何としてもラスウェル伯爵家と縁を結べ、いいな』
『はい、父上』
事前に父が調査したラスウェル伯爵家についての調査報告書に目を通す。
ラスウェル伯爵であり、大聖女であったテミス・ラスウェルが逝去後、夫であったプロド・ラスウェルが伯爵を継承し、後妻を迎え、その娘であるシャーロットと縁組をした。
ラスウェル伯爵には元々、ジョシュアとセレーナという二人の実子がいる。
ジョシュアは十歳で膨大な魔力と治癒魔法、浄化魔法を発現させ、次期ラスウェル侯爵を継承することが決まっている。
その妹であるセレーナは十歳で発現させた魔法が原因で屋敷から一歩も出ていない。
もう一方の妹、シャーロットは十歳で風魔法を発現させた。
ここまで読んで、父が誰と縁を結べと言ったのか、理解した。
少し離れているが魔法大国と呼ばれるアルカディア王国の四大公爵家の一つであるアステリア家の血筋を引くラスウェル伯爵家。
その嫡男が同じ歳という幸運に恵まれたのだから、それを活かし、普段屋敷から出ず、社交界に一切顔を出さない妹と縁を結べと言われているのだ。
まずはジョシュアと仲良くなることが先決だった。
(ここが彼のクラスか……)
窓際の席に一人、外を眺めているのか、こちらからは後頭部しか見えないが、いかにも話しかけるなというオーラを放っている人物がいた。
声をかける初めの一言は何と言ったらいいいのだろう、と考えている間に彼がこちらの視線に気がついた。
『君、妹がいるんだって? 今度、紹介してよ』
何も考えずにいたら、心の声がそのまま出てしまった。直接すぎる僕の一言に、彼は驚いたように目を見開いた。
無表情を一瞬にして呆けた顔にさせてしまった。
失敗したか、とも思ったが、どうやら隠し立てしなかったことに好感を持ってもらえたようだ。
僕の方が家格が上だったということもあったのかもしれないが。
彼と交流を持ち始めてしばらく経ったある日の放課後。
口下手な彼が『妹に会わせてやる』と直接、言ったわけではないが、ラスウェル伯爵家のタウンハウスへ来ないかと誘われた。
願ってもない誘いに『是非』と快諾した。
『妹のセレーナだ』
妹だと紹介された少女は使用人のような服装をしており、見える範囲に生々しい傷がいくつもあった。
(え……? 伯爵令嬢、だよね……?)
ジョシュアには見慣れた光景なのか、彼女に向かい合うと無詠唱で治癒魔法と浄化魔法をかけた。
『は、はじめまして。セ、セレーナでございます』
彼女の状態と、目の前で行われた高度な魔法技術に言葉が出ず固まっていると、彼女は辿々しく礼をした。
淑女教育は受けているのだろうか。
それすら怪しいが、二年後には学園に入るだろうから、その間、完璧に叩き込んでもらえれば問題はないだろう。
兄のジョシュアが優秀なのだ。同じ血が流れている彼女にできないはずがない。
『はじめまして。僕はジェラルド・オルクス。ジョシュアとは親しくしているんだ。よろしく、セレーナ』
セレーナは僕と目を合わせると、大きく見開いて、すぐにうつむいてしまった。
エメラルドのような美しい緑の瞳。ジョシュアも同じような濃い緑の瞳をしている。
かの公爵家の血筋は皆、緑色の瞳をしているというから、間違いなく彼女にもその血は流れていると確信させた。
それにしても、十四歳とは思えぬ容姿と物腰。
食事も充分に摂れていないのか、風が吹けば飛んでいってしまいそうなほど細い。そして、折れてしまいそうな両腕を抱え込み、うつむく姿は何かに怯えているようだ。
(いったい、どういうことだ……?)
報告書にもなかった現状に頭の中が混乱していると、ジョシュアが『こっちだ』と歩き始めたので、慌ててそれについていく。
屋敷内の廊下を歩き、部屋の前まで来ると、ジョシュアが足を止め、扉を開いた。
自室なのだろうか。殺風景ではあるが、家具はある程度のものが揃い、すでに茶の準備が整っていた。
(…………三人分?)
『ここに座れ』
ジョシュアが指示すると、僕の後ろから音もなくセレーナが現れた。
『わっ……』
まさか彼女がついてきているとは思わず、驚いて小さく声を上げてしまった。情けない。
最初は僕に向けた言葉かと思ったが、家格が上の僕にジョシュアは命令形を使わない。
僕が勘違いしてしまうほど、彼女の気配はなかった。
『ジェラルドはこの席だ』
『ああ、ありがとう』
確かに自分が『妹を紹介してほしい』と言ったが、一緒に茶を飲むとは思わなかった。
それに、この兄妹、まったく会話がない。
こんな茶会、どうすればいいんだ。
何とか両方に話を振り、会話を成り立たせる。
しかし、不思議なもので――
何度もこの三人の小さな茶会が開かれるたび、何とも言えない心地よさを感じるようになっていったのである。




