第六話 転生者の婚約者②
兄の治癒魔法のおかげで入学式に間に合い、学園での生活が始まった。
元々、王都にあるタウンハウスで生活をしていた私たちはそのまま学園に通うことになった。
案の定、私の婚約者が侯爵令息のジェラルド様だと知ったシャーロットは癇癪を起こし、タウンハウスに帰宅した後、切り刻まれた。
『何で異母姉様の婚約者が侯爵令息で、しかも、ジェラルド様なのよ! おかしいじゃない! 何の魔法も持ってないくせに!』
家同士が決めた婚約を、ただの令嬢でしかない私が決められるはずもないのに、そんなことはお構いなしに私に当たり散らす。
『そのくらいにしておけ、シャーロット』
『……お父様……』
珍しく早く帰宅した父が、庭先に転がっている私に冷たい視線を落とす。
シャーロットがしていることを直接目にするのは初めてのはずだ。
私は横たわったまま、父に視線を合わせた。
『明日も学園があるのだろう? そのまま行けば醜態を晒すことになる』
『はぁい……』
ほんの少しでも、私を庇ってくれたのかと思った私が馬鹿だった。
父にとって私はただの道具でしかなく、娘ではなかったのだと改めて確信した。
『ねえ、お父様。シャル、新しい靴が欲しいの。……見てよ、異母姉様に汚されちゃったんだから!』
父は赤く染まった靴を見て、小さく息を吐いた。
『仕方がないな。今度の休みに買いに行くか』
『嬉しい! お父様、大好き!』
腕に飛びついたシャーロットに、父は優しい視線を送る。私が見たこともないほど温かい眼差しを。
父娘の仲睦まじい背中を見つめながら、私はそっと魔法と痛みを収納した。
学園生活の始まりこそ大変だったけれど、生活に慣れてくるにつれ、シャーロットも次第に私に構っていられなくなった。
ただ、実践の課題や、学園でのストレスが溜まった時にはいつものように容赦ない攻撃を受けていたのだけれど。
それでも、頻度が少なくなったことは私の身体的には嬉しかった。
学園では学年が違うこともあり、ジェラルド様にはなかなかお目にかかることができなかったけれど、それでも、屋敷で行う、ジェラルド様と兄と私、三人だけの小さな茶会は続けられた。
私はそれだけで大満足だった。
ただ、少しだけ気になることがあった。
ジェラルド様の様子が少し変わったように感じた。
前は私が小さく笑うと、優しい笑みを返してくれたのに、回を重ねるたび、複雑な表情を浮かべるようになった。
その理由がわかったのは学園でジェラルド様がシャーロットと一緒にいるところを見かけてからだった。
私が知らなかっただけで、学園ではすでにジェラルド様の婚約者はシャーロットなのではないかと噂されるほど、シャーロットはジェラルド様にべったりとくっついていた。
それでも、ジェラルド様は困惑したように微笑んでいたので、私は少し安堵した。
侯爵家の令息が家同士の婚約の意味を理解していないわけもなく、いくらシャーロットが駄々をこねても覆るわけがない。
その証拠に、思うようにいかなかった日は、私への当たりがきつかったのだから。
(ああ……今日もジェラルド様に上手くあしらわれたのね……)
いつしか、シャーロットから攻撃を受けるたび、安堵するようになった。
兄とジェラルド様が学園を卒業し、勤め始めると、三人での小さな茶会はなくなった。
その代わり、ジェラルド様と私、二人だけで会う機会が設けられた。
婚約者としての定期的な茶会。
しかし、今までと違ったのは屋敷にシャーロットがいることも多かったことだ。
『ジェラルド様! シャルも一緒によろしいですか?』
『セレーナがよければ、僕は構わないよ』
『ダメかしら、おねえさま?』
『わ、私も……構わないわ……』
『ありがとう! おねえさま』
シャーロットはギュッと私の手を握りしめた。
その強さに思わず顔を歪める。
『……おねえさま……そんなに嫌ならはっきり言ってくださればいいのに……』
手を離したシャーロットは大きな瞳を潤ませた。
『え……?』
私が慌てて首を横に振ると、シャーロットはジェラルド様に顔を向け、ぽろりと涙を流した。
『おねえさまは許可してくださらないみたいなので……ジェラルド様、今日は失礼します』
『え……あ……』
突然の展開についていけず、シャーロット引き止めることもできなかった。
(ちょっと待って。これって、私が追い出したみたいになってる……?)
恐る恐る向かいに目をやると、シャーロットの背中を心配そうに見つめるジェラルド様の姿があった。
(ジェラルド、様……?)
その様子に一抹の不安を抱くも、続けられた茶会でのジェラルド様はいつもと変わらないように見えて安心した。
しかし、それからジェラルド様との茶会の頻度は少なくなり、卒業間近の今、ほとんど会えていない。
この時の私は――ただ宮廷文官の仕事が忙しいだけだと思っていた。




