第三話 転生者の過去と今
前世で私は調剤薬局の事務をしていた。
まあ、薬剤師ではないから、薬に詳しいわけではないけれど、毎日処方箋を見ていたから、ある程度知識はあるほうだと思う。
魔法があるこの世界にも薬はあって、魔力を増幅させたり、補填したり。治癒魔法が使えない人たちの傷薬だったり、内服薬だったり。浄化魔法が使えない人たちのための消毒薬だったり、解毒薬だったり……と、様々な用途で使われている。
私の前世の知識は今、それなりに役に立っている。
私が前世のことを思い出したのは魔法を発現させた十歳の時だった。
発現した魔法は基礎中の基礎である“収納魔法”だけだったが、前世を生きた膨大な記憶が蘇ってきた。
ほとんどの人が当たり前に持っていて、最底辺と言われる“収納魔法”だけど、私に発現した“収納魔法”は別格だった。
通常の収納魔法というのは、物を見えない空間に保管し、必要な時に出し入れできるというものだ。その保管容量は個人の魔力量による。
そして、私の収納魔法はというと――膨大な魔力を持つ公爵家の血筋であると証明できるほどの保管容量を有していた。
それだけではなく、収納できるものや、その収納方法、保管方法が規格外だったのだ。
通常は生命の伴わない物体のみをそのままの状態で収納し保管するのだが、私の場合はあらゆるものを様々な形態で収納し保管することができた。
(こんなところに、転生者チートが……)
齢十歳にて、達観者となったのである。
これまでの八年間、私は私の収納魔法について、いろいろ試してきた。
まず、私の収納魔法は私の魔力量も収納してしまうため、通常の状態ではごく僅かな魔力と収納魔法しかないと判別される、ということ。
これは最初の発現の時に気づいた。
そして、生きているものでも収納できる、ということ。
最初は庭に咲くバラを収納してみた。
通常の収納魔法では剪定されたものであれば収納可能で、土に根を張り、茎が繋がっている状態のものを収納することはできないのだが――
(えっ、ちょっ……う、わぁ……根こそぎ収納しちゃったよ……)
足元にぽっかりと空いた穴を覗き込み、慌てて“抽出”し、元に戻した。
他にも生きたままの魚を収納し、抽出してみたり。
(通常は生きたまま収納はできないんだよね? ってことは……)
『《抽出》』
頭の中で前世の刺身を思い出しながら詠唱すると、その通りの状態で抽出することができた。
だんだん面白くなってきた私は次に乾物にでもしてみようと、もう一度、生きた状態の魚を抽出した。
(……ん? あれ? この魚、どこから来た?)
私が収納した魚は一匹だけ。
その魚は先ほど刺身にして美味しくいただいてしまったはず。
では、この魚は――
そう考えながら、その魚を凝視していて、ある事実に気が付き驚く。
(……複製、だ)
同じ模様。捕まえた時にできた傷まで全く一緒だったのだ。
そうして、私の収納魔法は“一度でも収納したものは複製できる”ということがわかった。
ただ、手のひらサイズ以上は生きた状態で保管することも、複製することもできなかった。
だから、大きな魔獣などは討伐前に収納することができない。倒した後に収納して、複製することはできるのだけれど。
まあ、倒すのに苦労しても、倒してからなら、永遠に食料に困らないってことだ。
他にもわかったことがある。
それは――魔法も収納できる、ということ、だ。
『シャル、新しい魔法、覚えたの。見てみて、異母姉様! 《風よ、切り裂け》』
『痛っ……うっ、ぐぅ……』
魔法も収納し複製できることに気がついたのは風魔法を発現させた異母妹シャーロットの練習台、兼、実験台として、攻撃を受けた時のことだった。
身体中に鎌で切り裂かれたような傷ができ、血が噴き出す。
『アハッ、異母姉様ったら、苺ジャムでも浴びたの? そんなにお腹空いてたんだ? ねぇ、もっと食べる?』
『…………』
ここで泣いたり、叫んだり、謝ったりすると、余計に酷くなる。一番、早く収まるのは――沈黙、だ。
『なんか、つまんなーい。もう、いいや。また新しい魔法、覚えたら教えてあげるね、異母姉様。フフッ』
シャーロットは弾むような足取りで去っていく。
姿が見えなくなったところで、シャーロットの放った風魔法を収納し、そのまま傷を塞ごうとしていると、背後から大きな溜め息が聞こえた。
『お兄様?』
赤く染まった状態の私の身体を支え、いつものように治癒魔法をかけてくれる。
もう何度、かけてもらったか、わからない。
ただ、そのおかげか兄の治癒魔法は凄いスピードで上達していた。そして、私も――
(お兄様……私、お兄様と同じ治癒魔法、もう使えるよ?)
何度、打ち明けようと思ったか。
けれど、私がこの収納魔法の使い方を伝える前に、兄の本音を聞いてしまった。
『同じ血が流れているかと思うと、ゾッとする』
同じ血を分けた兄に、そんなふうに思われていたなんて。
母が生きていた頃の兄は今とは別人だった。
明るくて、優しくて、よく笑っていた気がする。
その兄が私に対して、眉間にシワを寄せ、心底嫌そうに唇を噛み締めていた。
そんな顔ばかりしていた兄が。
「オルクス侯爵家では上手くやれよ。ジェラルドならお前を――いや、ジェラルドは俺の友人だからな。煩わせるなよ、いいな?」
月明かりの下で、僅かに微笑んでいた。
母が生きていたあの頃のように――




