第十二話 水魔法オルクス侯爵領
「うっ……うーん……」
カーテンの隙間から差し込む陽の光と頬にくすぐったさを感じた私は目を閉じたまま眉を顰めた。
こんなに深く眠ったのはいつぶりだろう。
もう少しこうして微睡んでいたい――と意識が再び沈み始めたところで耳元に控えめな鳴き声がした。
「にゃーぉん」
お腹が空いたのか、「起きて」とでも言うようにルークは私の耳をはむはむと甘噛みする。
「んっ……ルーク、わかった、起きるから……」
返事に安心したのか、甘噛みしていたところをぺろりと舐めた。
「ひゃあ!」
擽ったさが限界を越え、変な声を上げてしまった。
「ちょっと、ルーク!」
今まで出したことも聞いたこともない自分の声に驚き、急に恥ずかしくなった私はルークに舐められた所を押さえ飛び起きた。
不思議そうに小首を傾げたルークの瞳に映る私の顔はきっと真っ赤に違いない。
ルークは私の視線から逃れるようにひらりとベッドから降りると、昨日自分が入っていたバッグを咥え、ベッドサイドまで引きずってきた。
やっぱりお腹が空いていたようだ。
「待ってて、今、用意するね」
私は鞄からルーク用に持ってきていたご飯と器を取り出し盛り付けると、綺麗な姿勢で待ち構えるルークの前に差し出した。
「はい、どうぞ召し上がれ」
「にゃん」
食事の時も気品がある。ルークはしっかりと躾けられた飼い猫なのだと再認識した。
部屋に備え付けられた小さなテーブルに自分用の朝食を用意し、私の準備を待っていたルークと一緒に食べ始める。
「いただきます」
「にゃぁ」
前世の習慣からかいつもつい手を合わせてしまう。最初は不思議そうに首を傾げていたルークも今では当たり前のように受け入れ、同じように「いただきます」をしてくれている。本当に賢い猫だ。
パンを頬張りながら、今日の予定を考えていた。
いくら私に関心のない家族でも、さすがに何日も顔を合わせないことなどできるわけないし、そもそもまだ卒業もしていないのに、何も残さず出てきてしまったのだから、学園から連絡が行くかもしれない。
ずっと王都近くにいることは悪手だ。今のうちにできる限り遠くへ行ったほうがいいだろう。
途中で私の食べるスピードが上がったことに気づいたのか、ルークはいつもより早く食べ終わっていた。
朝食を終え、手早く荷物をまとめる。忘れ物がないかぐるりと部屋の中を一周し、鍵を持って階下の受付カウンターへ移動した。
「チェックアウトお願いします」
昨日のおじさんは夜勤だったのだろう。若めの女性に交代していた。
私は鍵を返し、宿代を精算すると、乗合馬車で足早にプルティウスを後にした。目指すは水の都と呼ばれるミスティーレア。水魔法を扱うオルクス侯爵領の一部。私の婚約者――であった、ジェラルド様と共に治めるはずだった地だ。
元々領地経営のため調べていたから、ある程度の土地勘はあるし、治めることが叶わなくなった今、実際にこの目で直接見てみるのもいいのではないかと思った。
そもそもこの国には四つの侯爵家があり、水魔法のオルクス侯爵家の他に火魔法の侯爵家、土魔法の侯爵家、風魔法の侯爵家がある。
ただ公爵はいない。理由は王家にまつわることだから極秘らしい。
私のいたラスウェル伯爵家は元々母が継いでいたため、風魔法の侯爵家の領地に近い。母が隣国アルカディア王国の風魔法の公爵家の血を引いていて、治癒魔法や浄化魔法の他に風魔法にも長けていたからだ。
今は王都のタウンハウスに皆いるが、できることならラスウェル伯爵家の領地は避けて行きたい。
(でも……無理よね……)
他国に行くとしたら、どこに行くにも必ず風魔法の侯爵領の先端にあるラスウェル伯爵領を通る必要がある。
なるべくラスウェル伯爵領の端っこを通るルートを考えよう、と私はポケットから小さく折りたたんだ地図を取り出した。




