第十一話 王都の街プルティウス
転移の魔法具で王都の街プルティウスに飛んだ私とルークは以前、学園の課外授業でお世話になったことのある宿に泊まることにした。
「こんな時間にいったいどうしたんだ、セラちゃん。家出かい?」
「ちょっと、親と喧嘩しちゃって……一晩だけ泊めてもらえない?」
「そりゃあ、構わねえけど……こんな時間に放り出すわけにもいかないしなぁ」
「ありがとう」
前金を支払い、受付を済ませて鍵を受け取ると、顔見知りのおじさんにぺこりと頭を下げた。
(207号室……ってことは二階ね)
鍵に下げられた番号を確認し、部屋を探す。
(あった!)
王都の街プルティウスは学園御用達の店が多い。授業に必要な教材や薬、魔法具などすべてがここで揃う。そのため、三年間でだいぶ顔見知りが増えた。ただ、フルネームは名乗らないので、私の場合、愛称の“セラ”を使っている。
他に愛称を呼んでくれる人なんていないし、そんな私にとって、ちょうどよかった。
「にゃーぉん」
部屋に入ると、肩に掛けていたバッグからルークがひょっこりと頭を出した。控えめな鳴き声に今の状況を理解しているように感じる。
「大丈夫よ、猫が一緒でも」
プルティウスにある大抵の宿には馬舎があるし、馬でなくても動物同伴は寛容だ。特定の危険生物でない限り、申告も特に必要ない。
「にゃぁ」
ルークは安心したように一鳴きすると、ベッドの上に飛び乗った。壁際に付けられたベッドの端に座ると、毛づくろいを始める。多分、ルークは綺麗好きなのだと思う。私の部屋でも外から帰ると必ず手足を舐めていたから。あとでお風呂に入れてあげよう。
「その前に……ああ、ふかふか……」
ルークの隣にごろりと横たわる。
一人用のベッドだけれど、私の部屋のものよりずっとしっかりした造りで、マットレスも程よい弾力があり、寝心地がいい。
初めての学園行事でお世話になった時に気に入り、それ以降は必ずこの宿にしていた。だから、私の名を呼ぶ、顔見知りのおじさんがいるのだ。
そのまま横になっていたい気持ちを奮い立たせ起き上がると、部屋に備え付けられた小さなバスダブに湯を張る。
これもこの宿を気に入った理由の一つだ。
前世の記憶を持つ私にとって、宿の部屋の中にトイレとお風呂があるのはありがたかった。
ルークの入っていた肩掛けバッグの中からもう一つの鞄を取り出して、お風呂セットを用意し、ルークを抱き上げる。
「さあ、ルーク。お風呂だよ」
浅いうちに洗ってあげようと思い、ルークをバスタブに入れ、お湯をかけてあげると、目を細めた。
「ふふ、気持ちよさそう」
「にゃん」
肯定の返事に安堵し、私も服を脱いで身体にお湯を掛けた。
「ふわぁ……気持ちいい……」
普段はお風呂なんて用意してもらえないため、浄化魔法で衛生を保っていたけれど、やっぱりお湯で洗い流せるほうが爽快感が違う。
これも前世の記憶があるからかもしれないけど。
お湯が深くなる前に拭いてあげようと、足元にいるルークに視線を落とすと、真っ白な体をピンと伸ばしたまま、固まっていた。
「ルーク? どうしたの?」
私の呼びかけにも反応せず、瞳を大きく見開いたまま、動かない。
「えっ? ちょっと、ルーク! 大丈夫?」
湯あたりでもさせてしまったのかと心配になり、慌ててルークを抱き上げる。
すると、意識を取り戻したのか、私の腕の中からひらりと飛び出し、バスタブの横に用意してあったタオルに自分で体を擦り付けた。何度か身を震わせて乾かすと、さっさとお風呂から出ていってしまった。
「大丈夫、そう、かな……?」
綺麗好きだし、最初の反応も悪くなかったから、きっとお風呂は好きだろうと思っていたが、もしかしたら、そうでもないのかもしれない。
足取りはしっかりしていたし、大丈夫だとは思うがやっぱりルークの様子が気になって、お風呂をゆっくり楽しむ余裕もなく、すぐに出ることにした。
私が寝間着に着替えて出ると、ルークは何事もなかったように先ほどの位置で毛づくろいをしていた。
私はホッと胸を撫で下ろす。湯あたりとか、調子が悪くなったというわけではなさそうだ。
水分補給のためにミルクを用意してあげると、弾むような足取りで素早く駆け寄ってきた。
「やっぱり、風呂上がりはミルクだよね!」
私は珈琲牛乳のほうが好きだったけど。
この世界にも珈琲やミルクは存在する。似ているけれど、全然違う世界。何だか、不思議な感覚だ。
ミルクを飲み干したルークが口周りとぺろりと舐め、また定位置に戻る。その場所でうずくまると、目を閉じた。
「おやすみ、ルーク」
魔法具で灯された明かりを消し、私もベッドに身体を沈めた。
ルークの小さな息遣いが規則正しくなっていくのを聞きながら、今日の出来事を思い出す余地もないほどの深い眠りに落ちていった。




