第十三話 水の都ミスティーレア①
「お嬢ちゃん、ミスティーレアに行くのかい?」
隣に座っていた老女が地図を広げた私に話しかけてきた。
「はい……」
「んじゃ、気をつけな」
「え、何を……?」
気をつけろ、と注意を受けるほど治安の悪い街ではないはずだ。
私が首を傾けると、そのお婆様は眉を顰め、耳打ちをするように小声で囁いた。
「水が減っているんだ……それに汚染も進んでいる。原因がわからない上に、疫病まで流行りだしたんだよ……」
「そう、なんですか……」
ミスティーレアはオルクス侯爵領だし、このことをジェラルド様は知っているのだろうか。
しかし、彼は今、王都で宮廷文官として勤めている。対処は彼の父であるオルクス侯爵がしているだろうから、彼はまだ知らないのかもしれない。
「お嬢ちゃんはミスティーレアに行ったことがあるかい?」
「いいえ……」
頭の中でいろいろ考えていたが、お婆様はそんな私に構わず話を続けた。
「そうかい。前のミスティーレアを知っている者が今のミスティーレアを見たら、きっと驚くだろうよ」
「そんなに違うのですか?」
「ああ、違うなんてもんじゃない……」
頭を抱えたお婆様の落胆具合に、ミスティーレアとの関係性の深さを思わせた。
写真や資料でしか見たことはないが、ミスティーレアは『水の都』と呼ばれるのも納得の、どこかしこで水が流れ、水面が太陽の光を反射しキラキラと輝く、とても美しい街だ。
それがそれほどひどい状態なのだろうか。
「領主様が対処されていらっしゃるのでは?」
「さあね……良くなるどころかどんどん悪化していく一方だしな。何の対処もしていないようにしか思えん……」
ミスティーレアの街に着いたら、少しお金を工面しようと思っていたのだが――今の話を聞く限り、それは難しそうだ。
(収納して生成しておいた薬、売りたかったんだけどな……)
お金は複製できない。いや、やろうと思えばできるのだが、番号や記号の同じ紙幣、同じ傷のある硬貨、そんなものを作ったら偽造になってしまう。
魔法石や装飾品などの宝石類も同様に、同じ形、同じカット、同じ成分のものを複製するのは犯罪だ。
例え私にしかオリジナルかコピーか見破れなくても犯罪者にはなりたくない。
いくら財布が寂しくても、プルティウスで薬を売ってお金を工面することはできなかった。三年間の学園生活でかなり顔見知りができたし、私が薬なんて売ったら、どこで噂が回るかわからなかったから。
だから、ミスティーレアで調達しようと思っていたのに。
計画が狂い、小さな溜息を吐き出した。宿泊代で軽くなってしまった財布を思い出し、不安で鞄ごと胸にぎゅっと抱きしめる。
それにしても――本当にオルクス侯爵は何も対処していないのだろうか。
(そこまでひどい状態になっているのに、何の対処もせず、どんどん悪化させている?)
私自身、一度もオルクス侯爵に会ったことがないため、どんな人物なのかはわからない。それにミスティーレアのことも領地に関する資料を読んだだけなので、詳しいことまではわからない。侯爵夫人になっていたら、もっと内部の資料まで読むことはできただろうけど。
(とにかく、実際に見てみなければ――)
早朝に出たおかげで日暮れ前にはミスティーレアに着くことができた。
「え……? ここが、ミスティーレア……」
きっと暗闇が迫る時間帯だからだろう。
そう思いたいと願うほど、ミスティーレアの街の空気はどんよりと沈み、湿度の増した街には得体の知れないモヤが掛かっていた。




