表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
濡れ衣で地に堕ちた補助魔術師、実は最強の討伐者で伝説になりました。〜組織の闇を知りすぎて消された俺は、新たな仲間と立ち上がる〜  作者: イソザキ・アラタ
第一章『追放』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/10

第9話 剣を握る資格

----------


「エレーナ……来てたのね」


 ミーナが、少しだけ悲しそうな声で呟いた。エレーナと呼ばれた女性は、俺たちの存在に気づくと、ゆっくりと立ち上がった。その動きには一切の無駄がない。


「ミーナ、ギルドで聞いたわ。新しいメンバーが入ったんでしょう?」


 その声は、感情というものが抜け落ちた、ひどく平坦な響きを持っていた。彼女はテーブルの上に置かれていた、一枚の封筒を指さす。


「これで、パーティーの最低結成人数である三人は満たされ……だから私は、今日で暁の太陽を辞めるわ。これは、脱退届よ」


 その言葉に、真っ先に反応したのはラークスだった。彼女は、今までのおどおどした態度が嘘のように、一歩前に出た。


「そ、そんな……ダメです、エレーナさん! ロゼットさんが入って、これからだって時に……!」


 必死の懇願。だが、エレーナはその悲痛な声にも、表情一つ変えなかった。


「ラークス……あなたは優しいのね。でも、これは私がずっと前に決めていたことだから」


 その静かな拒絶に、ラークスは言葉を詰まらせ俯いてしまった。


 このパーティー、暁の太陽にはずっと違和感を抱いていた。それは、攻撃手段が少ないこと。ラクースは駆け出しの魔術師で、リーゼは弓使い。そう、剣士がいない。恐らくは、エレーナが剣士なんだろう、指つきを見ればすぐに分かる。


 次に口を開いたのは、リーゼだった。その声は静かだが、煮え滾るマグマのような怒りに満ちていた。


「ふざけないで、エレーナ」


 リーゼは、エレーナの目の前まで進み出ると、睨みつけるように言った。


「また逃げる気でしょ、あの時と同じように、全部一人で背負い込んで、私たちの前からいなくなるつもり!?」


「……」


「答えて、エレーナ。あなたが剣を置いたのは、あなたのせいじゃないって、分かってるでしょう。なのに、どうして!」


 リーゼの言葉に、エレーナの表情が初めてわずかに揺らいだ。その平坦だった声に、微かな焦りと痛みの色が混じる。


「リーゼ。あなたには、関係ない」


「関係なくない、私たちは、仲間でしょ」


「仲間だからよ!」


 エレーナの声が、少しだけ大きくなった。


「仲間だからこそよ、だからこそ、あなたたちを危険な目に遭わせるわけにはいかないの!」


 その言葉を最後に、エレーナは再び固く口を閉ざしてしまった。俺は三人のやり取りを、ただ黙って見ていることしかできなかった。だが、その短い会話だけで、全てを理解した。


『また誰かが無茶をして、目の前で』


 リーゼの、森での言葉。エレーナが、剣士であったはずなのに、今は平素な服を身につけている理由。そしてこのギルド全体を覆う、癒えない傷の正体。


 エレーナは、リーゼの問いかけにはもう答えず、ミーナに向き直った。


「今までありがとう、ミーナ。迷惑ばかりかけたね」


「そんなことない、エレーナは、私たちの大切な……!」


 ミーナの言葉を遮るように、エレーナは静かに首を振った。そして俺たちの脇をすり抜け、玄関へと向かった。


「もう私に、剣を握る資格はないから」


 その言葉には、諦めと、そして、どうしようもないほどの深い絶望が滲んでいた。彼女が、俺の真横を通り過ぎた、その一瞬。俺は、彼女の目を見た。


 そして、見逃さなかった。

 その瞳の奥に宿っていたものを。


 それは怒りでも、悲しみでもない。もっと深く、もっと暗く、そして、凍てついた何か。かつて燃え盛っていたであろう炎が、あまりにも強い絶望によって、無理やりかき消されてしまったかのような、虚無の光。


 戦うことを、そして、生きることさえも諦めてしまった、壊れた戦士の目だった。エレーナは、一度も振り返ることなく、扉を開け、夕暮れの街の喧騒の中へと消えていった。


 居間には、重い沈黙が残される。ミーナは俯いて唇を噛み締め、ラークスは静かに涙を流している。リーゼは拳を強く握りしめ、怒りと無力感が入り混じった表情で、エレーナが消えた扉を睨みつけていた。


 俺は、先程までの、衛兵たちを見返してやったというささやかな達成感など、すでにどこかへ消え失せているのを感じていた。


 あの目に、もう一度会いたい。

 その一心で、俺は拳を強く握り締めた。


 翌日、アジトであるミーナの家には、エレーナが去ったことで生まれた重い沈黙が漂っていた。ミーナは無理に明るく振る舞っているが、その笑顔は痛々しい。ラークスは机に見つめ、リーゼは窓の外を眺めては、ため息をついている。


 オーク・ウォークライアーを討伐したというのに、パーティーの士気は、最低だった。このままではダメだ。俺は、この澱んだ空気を断ち切るように、パンをかじっていた二人に、なるべく穏やかな声で話しかけた。


「二人とも。少し、訓練に行かないか?」


「え……?」


 ラークスが顔を上げる。リーゼは、訝しげな目を俺に向けた。


「訓練ですって。今、そんな気分じゃないわ」


「その気持ちは分かる。でも、このままずっと塞ぎ込んでいても何も変わらないだろう?」


 俺は、リーゼの目を真っ直ぐに見た。


「俺たちは、まだパーティーとして全く機能していない。昨日のオーク戦だって、俺が一人で突っ走っただけだ。あれは連携とは言えない。少し、力を合わせてみないか?」


 俺の提案に、リーゼが反論する。


「当たり前でしょう。会ったばかりの素性も知れないあなたと、どうやって連携を取れというの」


「リーゼの言うことも分かる。だからこそだ、連携を取るために訓練してみないと、何も始まらないだろう」


 俺は一度、彼女の言葉を受け止めてから続けた。


「黄金の五芒星では、真の意味で仲間を支えられなかった。だからここでは、暁の太陽では、仲間を支えたい。俺は無実でも、仲間を支えられなかった罪がある。それは、もう無くしたい」


 俺の言葉に、リーゼはぐっと言葉を詰まらせた。ラークスも、俯いていた顔を少しだけ上げた。続けて俺は、静かに立ち上がった。


「行こう」


 その声には、有無を言わさぬ響きがあったのかもしれない。二人は顔を見合わせたが、やがて、リーゼが諦めたようにため息をつき、ラークスも頷いた。


「分かった、でもあなたは仕切りすぎよ」


 リーゼにそんな小言を言われながらも、俺たちは再びリヴァージュ北の森へと向かった。


----------

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ