第10話 ショートソード
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門にいた衛兵は俺たちの顔を見るなり、気まずそうに目を逸らした。昨日のオークの一件は、すでに彼らの耳にも届いているのだろう。悪態をつかれることはなかったが、その態度は、俺たちがまだ歓迎されていないことを物語っていた。
森の浅層部に入り、俺は早速、ラークスに指示を出した。
「ラークス。そこにいるゴブリンに火炎魔法を撃ってみてくれるか」
茂みの奥で、二匹のゴブリンがこちらを窺っている。彼女の実力なら、一撃で仕留められる相手だ。だがラークスは、両手を前にかざすものの、その指先はカタカタと震え、顔は青ざめていた。
「は、はい……炎よ、私の元に……こ、応え、あ、う……」
魔術を紡ごうとする彼女の口から、魔力が霧散するように消えていく。恐怖が、魔力の制御を乱し、魔術が最後まで形にならないのだ。そのうちに、ゴブリンたちがこちらに気づき、奇声を上げて襲い掛かってきた。
「きゃっ!」
「ちっ!」
リーゼが、素早く矢を放ち、ゴブリンたちを射抜く。ラークスは、その場にへたり込みそうになるのを、必死でこらえていた。
「どうして、できないんだろう……」
ラークスは、涙ぐみながら呟いた。
「練習なら、できるのに、モンスターを目の前にすると、力がどんどん抜けていって……」
リーゼが何か言いたそうに口を開きかけたが、俺はそれを手で制した。
「リーゼ、少し待ってくれ」
俺はラークスの前にしゃがみこむと、できるだけ優しい声で尋ねた。
「ラークス、君の一番好きなものは何だ?」
「え……?」
唐突な質問に、ラークスは目を白黒させている。
「好きなものですか? それで言ったら、ええと、本を読むこととか……」
「違うんだ。もっと、こう、心が温かくなるようなものだ。何でもいい。甘いお菓子とか、そういうものは?」
俺が真剣な顔で尋ねると、ラークスは少し考えた後に、ぽつりと答えた。
「……ミーナさんが淹れてくれる、甘いミルクティーです。訓練で疲れた後に飲むと、すごく、ほっとするから……」
「よし」
俺は、穏やかに微笑んだ。
「いいかい、ラークス。魔法ってのは、難しい呪文を正確に唱えるものじゃない。世界を、自分の思う通りに書き換える力だ。だから、大事なのは、君の中にある、強いイメージなんだ」
「イメージ?」
「ああ。次に魔法を使う時は、複雑な詠唱とか魔力のことなんか考えるなくていい。ただ、頭の中に、あのミルクティーを思い浮かべるんだ」
俺はラークスの戸惑う顔に、穏やかに語りかけた。
「あのミルクティーみたいに、温かくて、敵を溶かしてしまうほど熱いもの。それだけを、強く、強く考えるんだ。呪文は、そのイメージを世界に解き放つための、ただの鍵みたいなものさ。鍵穴に鍵を差し込むように、心を込めて、鍵の言葉を唱えてごらん」
俺の突拍子もない理論に、ラークスも、遠巻きに見ていたリーゼも、呆気にとられたような顔をしていた。ちょうどその時、新たなゴブリンが茂みから現れた。
「やってごらん、ラークス」
俺の言葉に、彼女はこくりと頷くと、一体のゴブリンに向き直った。目を閉じ、大きく深呼吸をする。その表情から、先程までの怯えが少しずつ消えていく。彼女は両手を前にかざすと、今度は、はっきりとした声で、呪文を唱え始めた。
「炎よ我の手に、力に応えよ……ファイアボール!」
決まった。彼女の手の先から放たれた炎の玉はとても大きく、安定していた。それは、一直線にゴブリンの体に命中し、派手な音を立てて爆散させた。
「できた!」
ラークスが自分の手を見つめて、驚きの声を上げている。
「すごい、呪文が、最後までちゃんと言えた!」
「イメージが固まれば、呪文は後からついてくる。それが、魔法のコツだ。いつか、呪文の前の口上も省略できるようになる」
俺が言うと、ラークスは満面の笑みでこちらを振り返った。その光景を、リーゼは何も言わずに、ただ静かに見つめていた。だが、その横顔から、俺に対する棘が少しだけ和らいだのが分かった。
恐らくだが、ラークスは討伐学校に通っていなかったのだろう。魔法はほぼ独学といってもいいか、そういう環境で生まれ育ったようだ。まだまだだが、彼女はここから大きくなっていく。
それに、火炎魔法の一発目としてファイアボールを詠唱できたのは素晴らしい。モンスターの体を燃やすだけでなく、爆散させる。この威力を持つファイアボールを放つことができたラークスには、一種の才能がある。
そうやって考えていられる、そんな穏やかな空気が破られたのは、突然のことだった。
グオオオオオオオオオオオッ!!
遠く、しかし、鼓膜を直接揺さぶるかのような、凄まじい咆哮が、森の彼方から響き渡った。
「な、何だ今の音!?」
リーゼとラークスは、音のした方向を警戒する。だが、俺のヴァレストの力で強化された聴覚は、それが俺たちのいる北の森からではないことを、明確に捉えていた。
東だ。北東の平原の方角からだ。そして風に乗って、微かな匂いが鼻腔をくすぐった。血と、鉄錆の匂い。それに混じる、ゴブリンの群れ特有の、鼻が曲がるような酸っぱい臭気。
間違いない。大規模なモンスターの群れが、北東の平原からリヴァージュの街へ向かっている。
「訓練は中止だ! 街へ戻るぞ、急いで!」
俺は二人に指示を出し、街へと駆けだした。
俺たちが、リヴァージュの北東の街道沿いにある農場地帯に辿り着いた時、そこはすでに小さな戦場と化していた。
「防衛線を維持しろ!」
「応援はまだか!」
「ひ、ひるむなー!」
数人の衛兵と、クワや棍棒を手にした農夫たちが、必死で防衛線を張っている。だが、彼らの敵は、数十匹はいるであろうゴブリンの群れだ。多勢に無勢。じりじりと押し込まれ、防衛線は崩壊寸前だった。そして、そのゴブリンの群れの後方には、そいつがいた。
粗末な玉座らしき土台にふんぞり返り、歪んだ王冠をかぶった、ひときわ巨大なゴブリン。ゴブリンキング、Aランクに指定される希少種だ。
「リーゼ、雑魚の掃討を頼む! ラークスは俺たちの後ろに!」
俺はショートソードを抜き放ち、叫んだ。
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