第7話 一騎打ち
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二人が森の茂みへと退避していくのを確認し、俺は、再びこちらへ向かって突進してくるオークと向き直った。腰のベルトにはショートソードが差してある、これは唯一、ミーナの家にあった、俺が扱えそうな武器。
手にしたショートソードは、俺がかつて使っていた長剣に比べれば、あまりにも短く、軽い。だが、不思議と手によく馴染んだ。
ヴァレストの力が、全身を駆け巡る。世界の動きが、スローモーションのように感じられた。
ゴオオッ!
オークが、薙ぎ払うように棍棒を振るう。以前の俺なら、反応すらできずに肉塊になっていただろう一撃。だが、今の俺には、その軌道がはっきりと見えた。
俺は最小限の動きで身をかがめ、奴の攻撃をやり過ごす。棍棒がすぐそばの巨木を粉砕し、木片が嵐のように舞い散った。
そのまま、俺はオークの懐へと踏み込む。補助魔術師に転向してから、モンスターとの一騎打ちは数年ぶりだ。だが、体は覚えていた。討伐学校で、来る日も来る日も繰り返した剣の振りを……いや、違う。体が、力が、俺の思考を置き去りにして動く。
オークの巨体が、的確な急所を隠すための分厚い筋肉と、岩のような皮膚で覆われているのが分かる。手にしたショートソードでは、生半可な攻撃は通用しない。俺は攻撃を仕掛けず、ただひたすらに、オークの猛攻を避け続けた。
ヴァレストの力で強化された身体能力は、俺を死の攻撃から遠ざけてくれる。
「サーチ・グレイトフル!」
索敵の魔法を応用し、オークの体内に流れる魔力の淀みを探す。だが、動き回りながら、しかもこれだけの巨体の弱点を探るのは至難の業だ。
グオオオオオオオオ!!
オークが、俺の回避能力に業を煮やしたのか、動きを止めて、天に向かって咆哮を上げた。その、一瞬の隙。俺の脳裏に、魔力の流れの急所が、閃光のように浮かび上がった。
首筋の付け根。巨大な筋肉と、硬い肩甲骨に守られた、わずかな隙間。あそこだ!
俺は、地面を蹴った。直線的な突撃ではない。オークが振り下ろした腕を駆け上がり、その肩を、新たな踏み台にする。
「な……!?」
後方で息を潜めていたリーゼの、驚きの声が聞こえた。
俺の体は、宙を舞っていた。眼下には、無防備に晒されたオークの弱点。俺は、空中で体を反転させると、ショートソードの切っ先を下に向け、ありったけの体重と、ヴァレストから授かったすべての力を、その一点に集中させた。
「ストレングス・ブレス」
その一閃。強化魔法をかけられたショートソードが、オークの硬い皮膚を貫き、深く、深く、その急所へと突き刺さった。
グオオオオオオオオッ!!
オークが断末魔の叫びを上げて、その場に崩れ落ちる。地響きを立てて巨体が倒れると、森は、再び元の静寂を取り戻した。
……はぁ、はぁ、はぁ
俺は、オークの死体の上に降り立つと、肩で大きく息をした。勝った。俺が、一人で、あの化け物を。
その時、茂みから飛び出してきたリーゼが、血相を変えて俺に駆け寄ってきた。そしていきなり、俺の胸倉を掴み上げた。
「馬鹿!」
その声は、怒りに震えていた。
「死ぬ気だったの!? また……また誰かが無茶をして、目の前で……!」
彼女の言葉は、途中で途切れる。その瞳は、怒りとは違う、もっと深い、痛みの色に揺れていた。俺は彼女の剣幕に、ただ圧倒される。
「もし何かあったら、どうするつもりだったのよ!」
リーゼは、はっと我に返ったように、俺の胸倉から手を離した。そして、気まずそうに顔をそむける。
「ごめ……なさい。無意識に、その」
彼女はそれ以上何も言わず、駆け寄ってきたラークスの方へと歩いて行ってしまった。
(また……誰かが?)
彼女の言葉の裏には、何か、俺の知らない過去がある。だが、それを今の俺が尋ねる資格はないだろう。俺は、自分の掌を見つめた。ショートソードを握りしめていた右手に、まだ力の感触がじんわりと残っている。
これが、ヴァレストの力。
俺はもう、ただ後方から仲間を支援するだけの補助魔術師じゃない。戦える。そして、仲間を守れる。
モンスターとの一騎打ちなんて数年ぶりだ。それも、希少種を一人で倒せた。その事実が、追放され、すべてを失った俺の心に、確かな自信という光を灯してくれた。俺は、リーゼと、まだ少し怯えているラークスに向き直った。
「帰ろう。ミーナが待ってる」
俺の言葉に二人は、少しだけ驚いた表情を浮かべながらも、静かに頷いた。ぎこちない俺たちの関係は、まだ始まったばかりだ。だがこの戦いで、何かが少しだけ、変わったような気がした。
リヴァージュの街へ戻る道は、行きとは比べ物にならないほど、奇妙な空気に満ちていた。
あの規格外のオークの死体をどう運ぶか、という問題は、俺がヴァレストの力で軽々と担ぎ上げたことで解決した。その光景を目の当たりにしたラークスとリーゼは、もはや驚きを通り越して、何か得体の知れないものを見るかのような目をしていた。
「ロゼットさん……その力は、一体?」
「力をつける補助魔法を自分にかけたんだ」
道中、ラークスが意を決したようにおずおずと尋ねてきたが、ヴァレストのことを誰にも話すつもりはなかったため、適当な理由をつけて答えておいた。
実際、補助魔法をかけたとしてもここまでのオークの巨体を軽々と持ち上げることはできない。そのはずなのに、今の俺は何も魔法をかけずして持つことができている。
リーゼは何も言わなかったが、時折、俺の腕や俺が担ぐオークの死体を、何かを分析するかのような鋭い目つきで観察していた。彼女の中の俺に対する評価が『不審な裏切り者』から、『不審で規格外な謎の男』に変わったことだけは確かだった。
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