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濡れ衣で地に堕ちた補助魔術師、実は最強の討伐者で伝説になりました。〜組織の闇を知りすぎて消された俺は、新たな仲間と立ち上がる〜  作者: イソザキ・アラタ
第一章『追放』

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第2話 黄金の五芒星

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 リヴァージュの石畳に膝をつき、俺はただ、闇に染まっていく空を見上げていた。


 英雄から、犯罪者へ。ほんの数十分の間に、俺の世界はひっくり返された。脳裏に浮かぶのは、かつて俺が憧れた英雄たちの姿だった。


 黄金の五芒星……その名がスヴァルトヘイム王国全土に轟いたのは、今から五年前のことだ。当時、リヴァージュの港を幾度となく襲い、街を恐怖に陥れていた海竜リヴァイアサンの亜種。


 王国騎士団ですら討伐を躊躇したその怪物を、当時まだ無名だった若き冒険者たちが打ち破った。


 リーダーのシグルド・ウェイア、魔術師のドレイク・ブリュンヒルデ、そして……俺と同じ、補助魔術師だった"ロデオ・ラクーン"。彼は、俺が最も尊敬する冒険者だった。


 窮地に陥った仲間を救うため、常に的確な補助魔法で戦況を覆し、その身を盾にすることさえ厭わない。彼の名は、いつしかパーティーの象徴となり、人々は彼を"黄金の薔薇"なんて讃えた。


 だが、その栄光は長くは続かなかった。


 今から三年前、高難度の依頼中、彼は仲間を庇い、その命を落とした。パーティーは英雄を一人失い、大きな悲しみに包まれた。


 俺が討伐学校を卒業し、黄金の五芒星に加入したのは、その翌年のことだ。首席で卒業した弓使いのスティニアと共に、俺も補助魔術科で優秀な成績を収めた。


 俺がパーティーに入ったのは、ただ一つ。殉職した英雄の遺志を継ぎ、彼のようになりたかったからだ。シグルドたちも、最初はそんな俺を温かく迎え入れてくれた。


 だが、いつからだろう。彼らの眼差しが、尊敬する先代と、出来の悪い後輩とを比べるような、冷たいものに変わっていったのは。


 思えば、パーティーが変わり始めたのは、あの頃からだったのかもしれない。英雄の死という喪失感を埋めるように、シグルドは金と名声に執着し始め、パーティーは少しずつ、俺の知らない顔を持つようになっていった。


 そして今日、俺はその醜い素顔を暴いてしまい、全てを失った。


「……くそっ」


 乾いた唇から、悪態が漏れる。冷たい路地裏の石畳が、体温を容赦なく奪っていく。このままでは凍え死ぬか、あるいは衛兵に見つかって罪人として牢に放り込まれるか。どちらにせよ、リヴァージュに俺の居場所はもうない。


 せめて、街を出よう。どこか別の場所で、一からやり直すんだ。


 俺は震える足で立ち上がり、壁に手をつきながら、街の北門へと続く薄暗い道を歩き始めた。


 アジトに置いてきた荷物の中には、亡くなった両親の唯一の形見である、小さなペンダントがあった。それすら、もう取り戻すことはできない。悔しさが、涙となって頬を伝った。


 北門の明かりが、遠くに見えてきた。門を抜け、そのまま北の森を抜ければ、隣の領地に出られるはずだ。人通りはほとんどなく、時折、夜風がヒュウと寂しい音を立てて吹き抜けるだけ。


 その、風の音に混じって。


 カツン。


 背後で、小さな音がした。


 小石でも蹴ったような、些細な音。


 だが、長年の冒険者としての経験が、俺の全身に警鐘を鳴らしていた。


 殺気。


 濃密で、ねっとりとした、明確な殺意が、俺の背中に突き刺さっている。


 俺は咄嗟に振り返り、防御魔法の詠唱を試みた。


「プロテク……!」


 だが、呪文が完成するよりも速く、影が動いた。


「……っぐ!!」


 腹部に、鋭い刃で切られた衝撃。俺の体は、くの字に折れ曲がり地面に倒れ伏した。息ができない。


 視界の端で、フードを目深にかぶった小柄な人影が、音もなく俺の脇に立っているのが見えた。手には、濡れたように黒く光る短剣が握られている。


「誰だ、シグルドの差し金か!」


 ぜえぜえと呼吸しながらも、俺は問いかける。口封じのために、追放した俺を暗殺しに来たのか。ユグドラシル社と闇取引したり、ギャングに武器を渡していたような奴らだ、口封じもいとわないだろう。


 だが、襲撃者は何も答えない。ただ、無言で俺を見下ろしている。そのフードの奥から覗く瞳は、感情というものが一切抜け落ちた、ガラス玉のように冷たかった。


 こいつ、プロだ。それも、人の命を奪うことに、何の躊躇もない類の人間だ。


 俺は最後の力を振り絞り、地面を転がって距離を取ろうとする。だが、その襲撃者は俺の動きを読んでいたのか、いとも簡単に俺の肩を踏みつける。


 ゴリッ!


「ぐああああああッ!」


 肩の骨が軋む、嫌な音が響く。

 激痛に、俺は悲鳴を上げた。


「口封じなら、さっさと殺せ!」


 俺は、もはや覚悟を決めた。だが、襲撃者の行動は俺の予想とは違っていた。奴は俺の体を踏みつけたまま、俺の服のポケットを探り始めたのだ。


「なにを……」


 そして奴は、ポケットの裏側に縫いつけておいた、隠し持っていた金貨が数枚入った小さな革袋を的確に見つけ出し、それを引き抜いた。それは、追放された時に唯一奪われなかった、俺の最後の財産だった。


「どうして、これっぽちの金まで奪うんだ」


 俺は愕然とした。暗殺者が、何故こんな端金まで奪うんだ。目的は、俺の命だけではなかったのか?


 襲撃者は奪った革袋をしまうと、ようやく俺の肩から足を離した。そして無感情に、俺の心臓めがけて短剣を振り上げる。


 ああ、ここまでか。


 裏切られ、すべてを奪われ、最後は名前も知らない暗殺者に殺される。俺の人生は、なんて無価値だったんだろう。俺は迫りくる死を前に、静かに目を閉じた。


 ……だが、いつまで経っても、体に突き刺さるはずの衝撃は訪れなかった。恐る恐る目を開けると、信じられない光景が広がっていた。


 俺にとどめを刺そうとしていた襲撃者の体が、陽炎のように、ぐにゃりと歪み始めているのだ。その輪郭は徐々に薄れ、向こうの景色が透けて見え始めていた。


「……ちっ。時間切れか」


 襲撃者が、初めて忌々しげに舌打ちをした。その声は、まだ若い男のもののように聞こえた。


 次の瞬間、奴の体は、まるで幻だったかのように、光の粒子となって消滅した。その場には夜風が吹き抜けるだけだった。


「……消えた?」


 俺は痛みも忘れ、呆然と呟いた。


 一体、今のは何だったんだ。魔法か? それとも、召喚された存在だったのか?


 何故、奴は消えた。そして何故、俺は生き残った。分からない。何もかもが、分からない。


 だが、生きている。その事実だけが、確かなものとしてそこにあった。


 肩の激痛と、腹部の鋭い痛み、そして全身の打撲。体はボロボロだったが、命だけは繋がった。このままここにいては、また別の危険が訪れるかもしれない。あるいは、衛兵に見つかってしまうか。


 俺は傷ついた体を引きずり、最後の力を振り絞って立ち上がった。街に戻ることはできない。ならば、行く場所は一つだけだ。


 俺は、すぐそこに見える、リヴァージュ北の森の闇へと、よろめきながら足を踏み入れた。生き延びるために。そして、いつか、俺からすべてを奪った奴らに、この理不尽を叩きつけるために。


 冷たい月だけが、深い森の中へと消えていく俺の小さな背中を照らしていた。


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