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濡れ衣で地に堕ちた補助魔術師、実は最強の討伐者で伝説になりました。〜組織の闇を知りすぎて消された俺は、新たな仲間と立ち上がる〜  作者: イソザキ・アラタ
第一章『追放』

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第1話 追放された補助魔術師

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 カモメの甲高い鳴き声と、遠くで響く出港の鐘の音。俺の住む港町リヴァージュは、いつだって潮の香りと活気に満ち溢れている。


 スヴァルトヘイム王国の玄関口として栄えるこの街では、海から富が、そして森と平原からは脅威が、絶えず運び込まれてくる。故に、俺たち冒険者ギルドの存在は、この街に不可欠だった。


 俺の名前は、ロゼット・バークフェルド。


 リヴァージュで最も誉れ高いAランクパーティー『黄金の五芒星』に所属する、しがない補助魔術師だ。


「――ロゼット、遅いぞ。詠唱の準備はできているんだろうな」


 背後から飛んできたのは、氷のように冷たい声。振り返ると、豪奢なローブを身にまとった魔術師のブリュンヒルデが、苛立ちを隠しもせずに俺を睨んでいた。


「ああ、大丈夫だ」


 俺は短く答え、意識を目の前の戦場に集中させる。今日の依頼は、リヴァージュ西の"囁きの平原"に現れたグリフォンの討伐。


 リーダーでカリスマ的な剣士であるシグルド・ウェイアが前線でグリフォンの爪を受け止め、女剣士のステイシーが左翼から切り込む。更に後方からは弓使いのスティニアが正確な射撃でグリフォンの動きを牽制する。俺の役目は、その更に後方から彼らの能力を底上げする補助魔法をかけ続けることだ。


「ストレングス・ブレス!」

「プロテクト・ブレス!」


 俺が呪文を唱えると、仲間たちの体から淡い光が立ち上る。斬撃は鋭さを増し、遂にグリフォンの爪が割れる。グリフォンは暴れながら爪でシグルドを攻撃するが、強化された鎧に阻まれる。このように、俺の魔法は地味だが、確実に戦況を有利にする。


 派手な攻撃魔法を操るブリュンヒルデや、必中の矢を放つ弓使いのスティニアからすれば、俺の存在は地味で、見下すべき対象なのだろう。だが、この役割に俺は誇りを持っていた。


 このパーティーが、この仲間たちが、最高の英雄であり続けるための一助となっているのなら、それでいいと……そう、心の底から信じていたかった。


 グラアアアアアアアア!!!


 グリフォンが最後の悲鳴を上げ、大地に倒れ伏す。これで、討伐は完了だ。シグルドは剣についた血を拭き、剣を鞘に納めてから俺たちに笑顔を向けた。


「見事だったな、みんな。特にロゼット、お前の補助魔法がなければ、もう少し手こずっていただろう、感謝する」


「……いや、俺は自分の仕事をしただけだ」


 リーダーであるシグルドからの労いの言葉が、何故か今日の俺には、ひどく空々しく聞こえた。


「いやー、これでまた大儲けだな! 今夜は高級娼館でパーッといくか!」


 アジトへの帰り道、スティニアが軽口を叩く。


「はしたないですよ、スティニア」


 対して、ステイシーは微笑む。


「でも、新しいドレスを買うくらいはいいかも」


 最近、彼らの金遣いは明らかに荒くなっていた。Aランクパーティーの報酬は確かに高い。だが、彼らの浪費はそれを遥かに超えているように思える。俺の疑念は、日に日に黒い染みのように心を蝕んでいた。


 パーティーのアジトに帰り着くと、皆、どっと疲れたように広間のソファに体を投げ出した。


「はぁ……今日のグリフォンは妙に素早かったな」


「ええ、少し骨が折れましたわ」


 ブリュンヒルデとステイシーが、ぐったりとソファに背を預ける。


「そうだな、報告は少し後にしよう」


 シグルドも目を閉じた、それくらいに今日は大変な日だった。そんな中、俺は一人、立ち上がった。


「俺は先に、手入れ道具を倉庫から取ってくる」


「ああ、頼む」


 気怠げに手を振るシグルドに背を向け、俺は一人、地下へと続く階段を下りていった。手入れ道具を取りに行く、というのは口実だ。俺には、確かめなければならないことがあった。


 カビ臭い空気が鼻をつく、薄暗い地下倉庫。ポーションや予備の武具が並ぶ棚を抜け、俺は最奥の壁へと向かう。以前、偶然見つけてしまった、壁の不自然な継ぎ目。力を込めて押すと、音もなく隠し扉が開いた。その奥の小部屋にあったのは、赤い木箱。


「何なんだ、これは」


 震える手で蓋を開ける。中に入っていたのは、一冊の分厚い革張りの帳簿だった。


 ページをめくる指が、震えた。


『S.P.0085 8/6 カルティーアへ報酬、1000kゴル』

『同日 ユグドラシル社へ転送』

『S.P.0085 8/9 カーティスより武器の取り寄せ』

『S.P.0085 10/10 ゴメラに盗品の引き渡し』

『S.P.0085 11/15 ユグドラシル社より報酬、1200kゴル』


 そこには、パーティーへの正規の報告とは別に、横流しされた討伐品のリストと、信じられない額の金銭の取引記録がびっしりと記されていた。取引相手の欄には、大陸全土に影響力を持つ巨大複合企業、"ユグドラシル社"の名が何度も現れる。


 報酬の横領、禁制品の闇取引。


 俺たちが英雄と呼ばれる、その裏側で行われていた、冒険者の誇りを汚す不正のすべてが、そこにはあった。


「……ッ!」


 声にならないうめきが漏れる。頭に血が上り、目の前が真っ赤になった。仲間だと思っていた。英雄だと信じていた。そのすべてが、偽りだったのか。


 俺は裏帳簿をひっつかむと、怒りに任せて倉庫を飛び出した。そして階段を駆け上がり、広間を突っ切る。


「どうしたんだ、そんなに慌てて」


 ソファで休んでいたスティニアが訝しげな声を上げたが、俺はそれに答えることなく、まっすぐにシグルドの私室へと向かった。


 ドンッ!!


 扉を蹴破るような勢いで、部屋に飛び込む。書斎机で書類を整理していたシグルドが、驚いて顔を上げた。


「ロゼット、どうした、その殺気は」


「とぼけるな!」


 俺は彼の机に、持っていた裏帳簿を叩きつけた。


 バサッ!!


 重い音を立てて帳簿が広がる、インクで綴られた、おびただしい数の不正の記録。


「シグルド、これはどういう意味だ! 俺たちのパーティーは、いつからこんな汚い真似をするようになったんだ、英雄の名が泣くぞ!」


 俺の怒りを込めた告発に、シグルドは数秒間、黙って帳簿を見つめていた。やがて、彼はゆっくりと顔を上げた。その表情からは、焦りの色など微塵も読み取れない。むしろ、その口元には、冷酷な笑みさえ浮かんでいた。


「……ああ、それか。見てしまったか。お前のような勘のいい貧乏魔術師は、いつか邪魔になると思っていたんだ……俺たちのパーティーって、偉そうに」


「なっ…!」


 その開き直った態度に、俺は言葉を失った。シグルドは立ち上がると、芝居がかった仕草で叫んだ。


「みんな来てくれ! ロゼットが、倉庫の備品を盗もうとしているぞ!」


 その声に応えるように、広間からブリュンヒルデ、スティニア、ステイシーが駆け込んでくる。彼らの顔には、驚きの表情が浮かんでいる。だが、その目は笑っていた。ああ、そうか。こいつらも、全員グルだったのか。


「やはりお前はそういう男だったのだな、ロゼット。地味な補助魔法しか使えん鬱憤を、窃盗で晴らしていたとは。嘆かわしい」


 ブリュンヒルデは、侮蔑の目線で俺を見る。


「同期として恥ずかしいぜ、ロゼット……まさかお前がそんなことをするなんて、思ってもみなかったよ」


 弓を背負ったスティニアが、わざとらしく肩をすくめる。一番堪えたのは、ステイシーの言葉だった。


「信じていたのに、ロゼット……どうして、そんなことを」


 悲しげに潤んだ瞳。だが、その奥には、俺を陥れることに成功したという、歓喜の色が隠しきれずに滲んでいた。偽善者め。俺は必死に反論した。


「違う、盗みなんて働いていない! というより、不正をしていたのはお前たちの方だろ!」


 俺は叫びながら、机の上の帳簿を指さした。だが、その手は空を切る。シグルドが、俺より一瞬早く帳簿を掴み、燃え盛る暖炉の中へと投げ込んだのだ。


「不正? 何を言っているんだ?」


「俺たちが不正? する訳ないだろう」


「まさか、自分の不正を隠すために嘘をつくのか」


 パーティーの罪の証拠は、あっという間に炎に飲み込まれ、黒い灰へと変わっていく。もう、証拠は何もない。あるのは、"窃盗を働こうとした裏切り者の補助魔術師"という、彼らが作り上げた虚構だけだ。


 奴らは嘘くさい芝居をしている、とても憐れだが、とにかく分が悪い。俺は完全に孤立していた。何を叫んでも、誰にも届かない。


 シグルドが、まるで判決を言い渡す裁判官かのように、厳かに告げた。


「補助魔術師、ロゼット・バークフェルド。お前は本日をもって、黄金の五芒星から追放する。本来なら、窃盗の罪で衛兵に突き出すところだが、これまでの功績に免じて見逃してやる。我々の慈悲に感謝するんだな」


 俺は為す術なく、メンバーたちに取り押さえられた。抵抗する力も、気力も残ってはいなかった。


 愛用の魔導書も、なけなしの金が入ったポーチも、すべて奪われる。俺は着の身着のままで、アジトの重い扉の外へとゴミのように放り出された。


 扉が閉まる、その直前。ステイシーが俺に向かって憐れむように、しかしどこか楽しげな声で囁いた。


「さようなら、ロゼット。あなたのいないパーティーは、もっと輝けるわ」


 バタン!


 分厚い扉が閉まる無慈悲な音と共に、俺のすべては終わった。英雄から、犯罪者へ。


 リヴァージュの美しい夕焼けが、滲んでよく見えない。俺は、冷たい地面に膝をつく。ただ、裏切られた怒りと絶望に、奥歯を強く噛みしめることしかできなかった。


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