第12話 昇格
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その一週間は、嵐のようだった。
Bランクに昇格した俺たちのもとには、これまでとは比べ物にならないほど、難易度の高い依頼が次々と舞い込んできた。俺たちはその依頼を、がむしゃらにこなし続けた。
「サーチ・グレイトフル」
最初の依頼は、飛竜ワイバーンの討伐。リーゼの独壇場だった。索敵の魔法をリーゼにかけると、彼女は遥か上空を飛ぶワイバーンの軌道を正確に捉え、風を読み、完璧な一矢を放った。
矢はワイバーンの右翼を的確に貫き、墜落したところを、俺が前線で引きつけ、ラークスが渾身の魔法でとどめを刺した。
次の依頼は、廃坑に巣食うコボルトの群れの掃討。今度は、俺の力が試された。狭い坑道では、リーゼの弓もラークスの広範囲魔法も効果が薄い。俺は、ギルドの武器庫から選んだ、飾り気はないが頑丈な鋼の長剣を手に、単身で前衛に立った。
ヴァレストの力で強化された肉体は、コボルトの刃を弾き、俺の剣は、数の暴力で押し寄せる敵を次々と切り伏せていった。俺が時間を稼ぐ間に、二人が後方から的確な援護を行い、俺たちはついに、坑道の最深部にいたコボルトロードを討ち取った。
「ラークス、怖いよ」
「大丈夫です、ただの悪霊ですから!」
呪われた屋敷の悪霊浄化という依頼もあった。物理攻撃が一切通用しない霊体系のモンスターに対し、俺とリーゼは、ラークスを守る壁に徹した。意外とラークスは平気そうに進んでおり、反対にリーゼが怖がっていた。
「バーン・アウト……安らかに眠ってください」
ラークスは森で教えたイメージの力を思い出し、聖属性の浄化魔法を見事に成功させていた。
俺たちは、一週間で八つもの依頼をこなした。ワイバーンの素材、鉱石、希少な薬草。アジトには、成功報酬の金貨と、依頼達成の証が積まれていく。
そして、その目まぐるしい日々の中で、俺のパーティー内での役割も明確に固まっていった。俺は補助魔術師であると同時に、パーティーの唯一の前衛を担う剣士となった。
ヴァレストの力は俺の身体能力を、もはや人間とは呼べないレベルにまで引き上げていた。自分の体に、自分で補助魔法をかける必要がない。常に最高の状態が維持されているのだ。
ならば、俺が前線に立ち、仲間を守る壁になる。それがこの歪なパーティー構成における、唯一の最適解だった。討伐学校にいた頃を思い出す。
「バークフェルド。君は魔力量はそこそこだが、突出した攻撃魔法の才能はない。だが、状況判断能力と魔力制御の精密さは随一だ。君は補助魔術師として大成するだろう」
教官にそう言われ、俺はその道を疑わなかった。尊敬する冒険者のロゼオも、偉大な補助魔術師だったからだ。彼のように、仲間を影から支える英雄になりたかった。
だが、俺はもう『黄金の五芒星』のロゼット・バークフェルドではない。『暁の太陽』の一員として、俺が成すべき支えの形は、一つではないはずだ。
時折、罪悪感に似た感情が胸をよぎる。エレーナ、彼女がこのパーティー本来の剣士だったはずだ。俺は、彼女の居場所を奪ってしまったのではないか。
だが、その罪悪感を、俺は決意で塗り潰した。
今の『暁の太陽』は、あまりにも脆い。ラークスは強力な魔力を持つが、精神的にはまだ未熟で、接近戦には全く対応できない。リーゼは正確無比な射手だが、一度懐に潜り込まれれば弓使いは無力だ。
俺が前線に立たなければ、このパーティーは戦えない。彼女たちを守れない、支えられない。ならば、俺は剣を握る。尊敬する先代への想いは、補助魔術師としての矜持は、この胸に抱き続ければいい。
その上で、俺は俺のやり方で、仲間を支えてみせる。そんな目まぐるしい日々が過ぎ、俺たちの名はリヴァージュの冒険者たちの間で、瞬く間に広まっていった。
「おい、聞いたか? 暁の太陽が、またAランク依頼を達成したらしいぜ」
「あの、黄金の五芒星の裏切り者がいるっていう?」
「裏切り者かどうかは知らねえが、腕は確かだ。なんでも補助魔術師のくせに、大剣を振り回してモンスターをなぎ倒すらしい」
「魔術師の嬢ちゃんもゴブリンキングを焼き払ったっていうし、弓使いの腕もAランク級だとか……」
噂は、もはや俺個人への悪評ではなく、俺たちのパーティーの実力に対する、畏敬と興味へと変わっていた。
そして嵐のような一週間が過ぎた、ある日の午後。アジトで、俺たちが次の依頼を選定していると、玄関から扉を叩く音が聞こえた。
ミーナが扉を開けると、そこに立っていたのは、ギルドの職員ではなかった。豪奢な装飾が施された鎧を身にまとった、スヴァルトヘイム王国の騎士。その胸には、リヴァージュを治める都市領主の紋章が輝いていた。
「暁の太陽の皆様ですな。私は、都市領主ヴァインズ公爵の命により、参上いたしました」
騎士は、芝居がかった仕草で一礼すると、蝋で封をされた、一通の羊皮紙をミーナに手渡した。ギルドを介さない、都市からの直々の依頼。それは、最高ランクのパーティーにしか与えられない、特別な任務を意味していた。
居間に戻ったミーナは、緊張した面持ちで封を切り、震える声でその内容を読み上げ始めた。
「……依頼内容。北の監視塔より緊急報告。霊峰ヨトゥンより、霜の巨人フロストジャイアントが一体、山麓の村へと南下中。騎士団の一個小隊、及び、Aランクパーティー『白銀の槍』が迎撃に向かうも、多大な被害を出し、現在、撤退のやむなきに至る」
ミーナの声が、震える。霜の巨人、それは、竜種にも匹敵するとされる、Sランク級の災害指定モンスターだ。
「……つきましては、近頃、目覚ましい活躍を見せるBランクパーティー『暁の太陽』に対し、都市領主ヴァインズの名において、正式に、巨人討伐への参加を要請する……とのことです」
居間が、水を打ったように静まり返った。Sランク級モンスター、霜の巨人の討伐依頼。それは、俺たちが今までこなしてきた依頼とは、次元が違う。
Aランクパーティーですら退けられた相手。一歩間違えれば、パーティーが全滅するどころか、命すら残らないだろう。
ラークスは顔を真っ青にして、カタカタと震えている。リーゼもまた、厳しい表情で黙り込んでいる。彼女の頭の中では、冷静に、俺たちの実力と巨人の脅威を天秤にかけているのだろう。ミーナは、心配そうに俺たちの顔を窺っている。
俺は、ギルドから与えられた鋼の長剣の柄を、強く握りしめた。脳裏に、ゴブリンに怯える農夫たちの顔が浮かんだ。俺たちが助けなければ、彼らはどうなっていた?
今、山麓の村では、それ以上の恐怖に人々が怯えているはずだ。
何のために、俺はこの力を得た?
何のために、俺は強くなった?
答えは、一つしかない。
俺は、顔を上げた。
「やろう」
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