第13話 霜の巨人
----------
「やろう」
その一言で、部屋にいた全員の視線が俺に集中した。
「正気なの、ロゼット?」
リーゼが、かすれた声で言った。
「相手は巨人よ。私たちが、勝てるわけ」
「勝てるかどうかじゃない。やるんだ」
俺は、リーゼの目を真っ直ぐに見返した。
「困っている人たちがいるのに、見捨てるなんてことはできない。それに、せっかく都市が信頼して依頼を直接くれたんだ。チャンスなんだ、このパーティーをもっと大きくできる」
俺の覚悟を感じ取ったのか、リーゼは長い沈黙の後、ふっと息を吐いて、わずかに口元を緩めた。
「本当に、無茶ばかり言うのね、あなたは。でも、分かったわ。ここで辞めたら、私たちが『暁の太陽』を名乗る意味がない。討伐パーティーである意味がない」
俺とリーゼの視線が、ラークスに向けられる。彼女は、まだ恐怖に震えていた。だが、その瞳の奥にはゴブリンキングを焼き払った時と同じ、強い意志の光が灯り始めていた。彼女は震えながらも、はっきりとした声で言った。
「わ、私も、行きます。私の魔法で、みんなを、絶対に、守ります!」
ミーナがそんな俺たちを見て、決意の表情で頷いた。
「分かったわ。私はアジトで、皆さんを支えるためにできる限りの準備をします!」
俺は、騎士から渡された依頼書を、もう一度見つめた。羊皮紙に書かれた、霜の巨人という文字が、まるで俺たちの覚悟を試すかのように、重く、大きく見えた。
あれから数日後、事態は俺たちが想像しうる限り、最悪の形で推移していた。
偵察に出ていた騎士団からの報告によれば、霊峰ヨトゥンから南下した霜の巨人は、山麓の村々を氷のオブジェに変えながら、その歩みを止めることなくリヴァージュの街へと真っ直ぐに向かっているという。
俺たちに与えられた任務は、巨人討伐。だが、その決戦の場は、山奥ではなく、リヴァージュの街までわずか数十キロの距離に広がる、北の雪原だった。
吹き付ける風が、刃物のように肌を切りつける。俺たち『暁の太陽』を含めた、リヴァージュから派遣された五つのパーティーは、白一色に染まった雪原で見えない敵を待ち構えていた。
Bランクに昇格したばかりの俺たち。そして、同じくBランクが二組、Aランクを自称するが素行の悪いパーティーが一組、そして、元衛兵の三人で組まれたC+ランクパーティー『三角の衛兵』。それが、この街の命運を託された、即席の討伐隊の全貌だった。
そこに、リヴァージュ最強と謳われる『黄金の五芒星』の姿はなかった。彼らは、王都での特別任務を理由に、この街が最も助けを必要としている時に姿をくらましたのだ。
「各パーティーは連携を密に、巨人の攻撃パターンは報告書によれば、まず広範囲の氷結ブレスだ! 魔術師は防御バリアの準備を、前衛は一点に固まらず散開しろ!」
俺は、自分が知りうる限りの情報を基に、各パーティーのリーダーたちへ呼びかけた。この場当たり的な集団を、少しでも機能させるために。だが、返ってきたのは、嘲笑と反発だけだった。
「Bランクに成り上がったばかりの若造が、何を偉そうに指図しているか!」
Aランクを自称する『蒼き獅子団』のリーダーが、唾を吐き捨てるように言った。
「俺たちは俺たちのやり方で、手柄を立てさせてもらう。お前たちのようなひよっこは、後方で震えていればいい」
他のパーティーも、それに同調するかのように、好き勝手な陣形を組み始める。統率など、あってないようなものだった。
「ロゼット……」
リーゼが、不安げに俺の名を呼ぶ。俺は、何も言わずに首を振った。もう、何を言っても無駄だ。こいつらは、霜の巨人の本当の恐ろしさを何も分かっていない。
その、おごり高ぶった者たちへの罰であるかのように……それは、唐突に来た。
予兆は、地響きだった。だが、遠くから近づいてくるような、生易しいものではない。俺たちの、足元から。
「全員、跳べッ!!」
俺の絶叫と雪原が爆発したのは、ほぼ同時だった。
ゴオオオオオオオオッ!!
凄まじい轟音と共に、俺たちが立っていた地面そのものが、内側からかち割られる。氷が巨大な噴石のように宙を舞い、雪原は一瞬で阿鼻叫喚の地獄へと変わった。
そして、その爆心地からゆっくりと、白銀の悪夢が姿を現した。霜の巨人。
その皮膚は、雪が堆積してできた氷河のように青白く、長く伸びた髭は、鋭い氷柱そのものだった。山のように巨大な体からは、絶対零度の冷気が、ブリザードのように吹き荒れている。
そして、その目は人間を虫けらとしか見ていない、冷たく無慈悲な蒼い光を宿していた。
「ひっ……う、うわあああああ!」
「ば、化け物だ!」
統率を欠いたパーティーは、もはやただの烏合の衆だった。ある者は恐怖に叫び、ある者は武器を捨てて逃げ惑う。完全に、パニックに陥っていた。
「ラークス!」
俺の声に、ラークスははっと我に返ると、震える両手を前にかざした。
「フレアバースト!」
彼女が放った巨大な火球が、巨人の胸元へと突き刺さる。だが、
ジュウウウウッ……!
あれほどの威力があった火球が、巨人の体に触れた瞬間、あっけなく掻き消えてしまった。巨人が纏う絶対零度の冷気が、炎の熱量そのものを無効化しているのだ。
「そ、そんな、私の魔法が……」
ラークスが、愕然として目を見開く。リーゼがすぐさま援護の矢を放つが、それもまた、巨人の氷河のような皮膚に当たった瞬間、ガラスのように砕け散ってしまった。
オオオオオオオオオオッ!!
霜の巨人が、凄まじい咆哮を上げた。それだけで大気が震え、猛烈な吹雪が巻き起こる。そして、その吹雪に触れた冒険者の何人かが、悲鳴を上げる間もなく、その場でカチンコチンに凍りついていく。
もはや、戦いにすらなっていなかった。
これは、一方的な虐殺だ。
その地獄のような光景の中、唯一、冷静さを失っていなかったパーティーがいた。
それは、三角の衛兵。
リーダーで槍使いのケイル、身軽な斥候の女性、そして屈強な盾士の三人が、完璧な連携で円陣を組み、仲間を庇いながら、必死に吹雪に耐えている。ケイルは俺に向かって叫んだ。
「ロゼット、君が指揮を執れ!」
ケイルは、この状況でも冷静な俺の姿を認めると、一瞬で状況を判断したようだ。
「了解した……リーゼ、ラークスはあの三人と合流だ! 彼らと協力して、パニックになってる連中を後方へ誘導しろ! 負傷者の救護もだ! 俺が、こいつの注意を引きつける!」
「ロゼット!?」
リーゼとラークスの悲鳴を背に、俺は鋼の長剣を抜き放ち、単身で巨人へと向かって駆けだした。
----------




