(二十七)
決着がついたと見るや大天狗が躯血の元まで飛んでくる。
「やるではないか、変人。見直したぞ」
「変人ではない……と言いたいところなのだがなあ。これでは言われても仕方ないのう」
自身の中途半端に膨らんだ股間を見てため息をつく。
「呪いはとけておらんのか」
「手から放れはしたが繋がりが途絶えた訳ではないようじゃな。やはり華やかな鞘でないと気に食わぬようじゃ」
「神とは我儘なものよ。それよりこやつはどうする」
彼が倒れている信長を指さす。
意識を取り戻したが、身体が思うように動かぬようで指先が地面を引っ掻いている。
「また暴れられても厄介でございましょう。肉体ごと滅するのが最良。貴方様におできになれないとなれば私どもにお任せいただければ、その珍妙な魂を調べつくしたうえで処分いたしましょう」
嘲笑うような声が聞こえたかと思えば、信長の身体が金色に輝く縄で縛られる。
躯血が声の主を確認すれば、有脩に連れられた白い肌に金髪の女が口角を吊り上げていた。
「土御門殿、その女人は?」
「御所様よりわれに代わり朱火様の世話役に任命された者じゃ。見ての通り、われよりも呪力が強く陰陽術にも長けておる」
「骨皮躯血様ですね。九重と申します。以後お見知りおきを」
恭しく頭をさげる彼女を駆血は怪訝そうに見つめる。
「お主、常盤の親戚かなにかか?」
九重が首をかしげる。
「常盤……いえ、初めて聞くお名前ですね」
「そうか」
「それよりも、いまはそこの猫の処置を先にすべきでしょう」
顔を上げた信長に対し、九重は冷たく言い放つ。
「そう決断するのも無理はないと存ずるが、このまま尾張に戻るゆえ、今回は見逃してもらえまいか? もちろん、そちらの少女のには二度と手はだしませぬ」
益荒男で殴られたせいか、先程と違い邪気が抜けているように見える。
「猫さん、助けてあげて」
霙と手を繋ぎ歩み寄ってきた朱火は、九重ではなく躯血に願う。
彼は苦笑しつつ益荒男を抜刀する。金色の縄が幻であったかのように霧消する。
「織田殿、口にしたことは守られよ。今後二度とこの娘に近づくな」
「ああ、約束する」
信長はふらつきながらも立ちあがり、朱火に頭をさげる。
「あらあら、お優しいことで」
九重は少しばかり不服そうな様子を見せたが、それ以上は何も言わなかった。
「かたじけない」
信長を足元をしっかりさせようと、その場で何度か地面を踏みつける。
「お主、あまり火車の力に頼り過ぎるな。火車の炎は地獄への誘い火。最後には己の身を焼くことになろうぞ」
大天狗が信長の背に声をかける。
信長は無言のまま振り向いたかと思うと素早く短筒を構え発泡する。
弾丸は躯血と大天狗の間を抜け、中途半端な力の開放に反応した天邪鬼が一体、眉間を撃ち抜かれ燃えあがる。
「拙者、まだ未熟なれど天下布武の意思は真のもの。そのためには猫の手でも借りる所存。なに、皆様のような妖力の塊同然の方々に近寄らねば、今回のようなことにはなりますまい」
「鵺や大百足と同様に、火車も天逆毎様の力が漏れでた影響を受けたのでしょうね。私に滅せられたくなければ、早くこの場を離れてくださいまし」
九重の瞳が金色に輝き、悪寒を感じた信長がゴクリと唾を呑む。
「しからばごめん」
信長は朱火に対してだけ一礼すると、そくさくと立ち去る。
「力の一部が漏れ出ただけで、今回の騒ぎを引き起こすとはな。これは早いところ呪いを解き、出雲大社に奉納しなおさねばならんか」
「なんにしろ、ひとまず我が里に戻るぞ。今後どう動くかを考えるにしてもこんな山道で話すようなこではあるまい」
大天狗の提案に集まった面子は揃ってうなずく。
霙と手をつないで歩く朱火とのっぺらぼうの足取りは軽い。
「子供はいいものですねえ、短兵衛殿」
「そ、そうだな」
霙の笑顔の圧力に、短兵衛がしどろもどろになる様子を、躯血はどこか懐かしそうに眺めていた。




