(二十六)
躯血の目と鼻の先。眉間の直前で銃弾が止まっていた。
銃弾をとめたのは氷の壁。
冷や汗をたらりと流す躯血の目の端に見覚えの男女が映る。
「そなたたちか。助かった。礼を言う」
「感謝してくださいよ、躯血の旦那。あっしがおふたりをここまで案内したんですから」
彼の肩に登って来た鼬が胸を張る。
「私が案内せよと言霊を飛ばして呼び寄せたのではありませんか。偉そうなことを言うものではありません」
霙にピシャリと言われ、鼬は躯血の懐に逃げ隠れる。
対照的に朱火とのっぺらぼうは躯血の足を放れ、とてとてと霙に駆け寄る
「雪女さん」
「まあ、あなた様が日護女様でございますね。なんと可愛らしい!」
口を隠し目を潤ませる。だがすぐに表情を引き締め火車をにらみつけた。
「ご挨拶はのちほど。まずはあの猫人にお仕置きしてやらねばなりません」
彼女の言葉に、火車は不敵な笑みを見せる。
「雪女が我の炎に勝てるわけがない。溶かしつくしてやろう」
「あら愛に身を焦がす雪女を溶かせる熱などありませんよ」
熱と冷気がぶつかりあい周辺には瞬く間に霧につつまれる。
「骨皮様、こちらを」
短兵衛が躯血に白鞘を差しだしてくる。
「あの鞘ではもたぬと思いまして。本鞘はまだ時間がかかりますので、とりあえずこちらをお使いください」
「おう、霊木の鞘か。益荒男どうじゃ」
受け取った白鞘を益荒男にかざす。
益荒男は刃こそ作りださなかったが、少なくとも真っ直ぐにはなった。
「うむ。布きれが棒きれにはなったわ。これなら斬れずとも殴れよう」
躯血は益荒男を鞘に納め、霙と霊力をぶつけあう火車に堂々と歩む。
「霙殿、時間稼ぎかたじけない」
言うなり銀の木剣となった益荒男をふたりの妖力がぶつかり合う場所に振るう。
周囲にまき散らされていた霧が晴れる。
「短兵衛殿のお仕事、無駄にはせぬよう」
前進を汗だらけにした彼女はふらつきながら後ろにさがる。強気の言葉をぶつけていたが、無理をしていたのは明白だった。
「さて織田殿。貴殿が猫とひとつであること、益荒男と接する事で猫の性格が前面にでたことは理解した。しかしながら、わしは貴殿が国元にで何をしようが興味がない。朱火を諦め帰るなら見逃す。それができぬと言うのならば叩き伏せる。返答やいかに」
火車の全身の毛が逆立つ。
「我は第六天魔王織田上総守信長。人だけでなく妖も統べる者だ。日護女を妻に迎えぬ道はない!」
火車は短筒を構え直し発砲する。
しかし、弾は今度は抜刀された益荒男に弾かれる。躯血は何事もなかったようにすぐに納刀してみせた。
「なぜ防げる! 本当に人か、お主!」
火車は歯噛みして短筒を地面に叩きつける。
「視線と銃口の向きで、飛んでくる位置はだいたいわかる。それに弾自体は小さい。当たり所が悪くなければ死にはすまい」
事もなげに語ってみせるが、火車の引きつった顔を見ればそうでないことが伝わってくる。
「もういい。お前は魂ごと消し炭にしてくれる!」
「そうこなくてわな。元より師匠も貴殿らと渡りあうために、わしのような無骨者に抜刀術を授けたのであろう」
しっかりと腰を落とし、抜刀の構えをとる。
「どんな剣術だろうと、炎が斬れてたまるか!」
彼の怒気に応えるように、霙と相対したとき以上の熱き炎が吹き上がった。
噴き出した炎は火車が拳を突きだすと一匹の巨大な獣となって躯血に襲いかかる。
待ち構えた彼は益荒男を一閃、炎の獣が下から上に裂けた。割れた炎が駆血の頬を焼くが、彼はそのまま益荒男を上段に構え火車との距離を詰める。
「うああああ!」
己に近づけさせぬためか、火車の身体から炎が吹き上がり、彼自身の身まで焦がしていく・
「この阿呆が! 貴殿は妖の身体ではないのだぞ!」
躯血の声が届くはずもなく、信長は炎に包まれた爪を駆血に突きたてようと試みる。だが、いかんせん。妖と結合しているとはいえ、地方豪族の嫡男として育った彼と躯血では、潜り抜けてきた死線の数が違う。
躯血は信長の爪を左手で受け止め、右手に握った益荒男を彼の頭に叩きつける。
纏っていた炎が消え、信長はあえなく地面突っ伏した。




