(二十八)
「私が寝ている間にもうひと騒ぎあったのですね」
躯血たちを出迎えた常盤が、朱火とのっぺらぼうにしがみつかれつつ、彼らの話にうなずく。
表情にはまだ疲れが残っていたが、声には張りがあり、大きな問題はないようだ。
「では朱火様のお住まいの修繕と結界の張り直しが終わるまでの仮住まいを一夜が用意するということでよろしいのですね?」
「うむ。御所様の命である。われは改修の指揮をとる」
「その間は、私が陰陽師として日護女様をお守りするよう仰せ仕りました」
微笑む九重であったが、常盤は得体の知れぬ何かを感じ思わず朱火とのっぺらぼうを抱き寄せる。
「終わるまでここで厄介になるという選択肢は?」
横から口を挟んだ躯血に大天狗は自慢の鼻を指先でクイと持ち上げる。
「わしは構わぬぞ。永遠にと言われれば、男はお断りじゃがな」
彼には彼で幼きうちに日護女を自分に懐かせようという思惑がある。邪魔なお付きの排除はおいおい考えればよいことだ。
「朱火様を妖のもとに置いておくことは、御所様の望まれることではない」
「ふん。日護女を守る力もない半端者の言葉などとるにたらん」
有脩が苦虫を噛み潰したような顔で大天狗をにらむ。
「土御門殿、経緯はどうあれ大天狗は朱火を守った。しかも新たに付け狙ってきおったのは神だというではないか。陰陽師だけではどうにもなるまい。大天狗もその神とやらに朱火をとられたいわけではなかろう。お前の嫁になるかは朱火しだいじゃが嫌われたくもあるまい。一時休戦くらいはしてもよかろう」
ふたりは揃ってそっぽを向き、ふんと鼻をならす。陰陽師と天狗の間では、躯血が京に来る前から朱火をめぐって攻防をくりかえされてきた。敵の敵は味方と簡単には割り切れぬ。
「それで骨皮様はいつまで日護女様の護衛をしていただけるのでしょうか? お話を聞き推測しましたところ、お手の妖刀は出雲大社に納められていたもの。呪いがとければ返却せぬわけにはいきますまい。失礼ながら妖刀がなければ、骨皮様を戦力とは数えられないのでは?」
「お言葉ですが、朱火様に害を及ぼすのは妖だけではございません。我ら一夜は朱火様のお心も
お守りするため、人柄も含め人選しております。陰陽師側の判断のみで不要と断じるのは越権行為ではございますまいか?」
笑顔でありながら、声に怒気のこもる常盤に、先程まで大天狗のやりあっていた有脩の顔が引きつる。
しかしながら、躯血への不安を口にした当事者は満面の笑顔を返す。
女同士の静かな戦いに躯血は苦笑をこぼした。
「幸いと言ってはなんだが、おそらく出雲ではわしは死んだことになっておろうし、益荒男も紛失したことになっておろう。出雲に戻すのは一通り騒ぎが終わったあとでも、障りなかろう」
「気を遣わせてしまいましたね。ご提案ありがたく。代わりといってはなんでございますが、私からもご提案をひとつ」
躯血に頭をさげた九重は姿勢をただす。
「お屋敷の改修が終わるまで、私どもは日護女様のお味方を増やすために動いてはいかがでしょうか。大太法師ほどの妖を呼ぶのは日護女様になんらかの負担があってもおかしくはありません」
「言いたいことはわかるが、いまは戦乱の世。豪族たちは織田殿同様、自分たちのことで手一杯であろう。朱火がいくら尊き血を引いているといっても、協力を仰ぐのは難しいのではないか」
「ええ、ですから妖のお味方でございますよ」
朱火とのっぺらぼうを除く者たちが大きく目を見ひらく。
「ふむ、わしのような知性派の妖であれば、日護女に力を貸すのはやぶさかではあるまいが、集団行動のとれる妖は多くないぞ」
ふんぞり返る大天狗に九重は妖艶な笑みを見せる。
「四国の化け狸」
途端に常盤の顔が曇る。
「化け狸でございますか。たしかに条件には合いそうではございますが……」
「狐と相性のよい常盤様は不本意かもしれませぬが、距離的にも丁度良いと思います。天逆毎の目をくらますのにも役立ちましょう」
話がまとまりかけたところで、短兵衛がおずおずと手をあげる。
「俺としてはどこかに作業場所をお借りしたいんですが? 妖刀殿の鞘を仕上げたいので」
「堺までお越しいただくことは可能でございますか?」
常磐が短兵衛ではなく霙に問いかける。
「真夏でもなければ問題ありません」
「それでは堺までご足労願います。場所は一夜で用意いたしましょう。いまの京よりは落ち着いて作業ができるでしょうから」
「わしはここで待つぞ。日護女についていきたいのはやまやまだが、目立ちすぎるからのう。祝言をあげられる準備をしておくゆえ、いつでも戻って来るがよい」
大天狗が女性陣に白い目を向けられたが、とりあえず次の動きは定まった。




