(二十四)
妖たちの大規模な襲撃から一夜明け、躯血は大天狗の屋敷の大広間で彼の向かいあっていた。
「まさか我が里に人を招くことになろうとは」
「朱火を嫁にしようとしていたではないか」
「日護女は別じゃ」
朱火たちは結界が破壊された屋敷からの一時的な避難先として、天狗の里に招かれる。
空狐に身体を貸した常盤は別室で寝かされ、まだ目を覚まさない。空狐は体力が回復すれば目を覚ますと言い残し、自身の山へと戻った。
「陰陽師の出入りを許してやっただけで、大きな譲歩じゃぞ」
「まあ、そうであろうな」
とはいえ、現在、有脩は事態の報告のため、朝廷に赴いている。
里にとどまっているのはのっぺらぼうを含め五名。
肝心の朱火はのっぺらぼうと一緒に庭でカラス天狗たちに遊んでもらっているようだ。躯血としてはまだ天狗たちを信頼してはいない。そこで、いまだについてきている信長にお守を頼んだ。
「まあ、常盤があれでは行き場を探すこともできん。助かった。礼をいう」
胡坐をかいたまま深々と頭をさげる。大天狗は興味深そうに目を細めた。
「人にしてはなかなか礼儀を心得ているではないか。さすがは荒ぶる神の王に見初められただけはある」
「荒ぶる神の王? こやつがか?」
再び帯へと戻った益荒男を持ち上げ、躯血は怪訝そうに眉をひそめる。結局、短兵衛から買い取った鞘はすぐに壊れた。名工の作品といえど、霊木でもなければ耐えられぬものらしい。
「天魔雄様。九天の王ともいわれる存在だ。お主、素戔嗚様は知っておるか?」
「こう見えても神職の端くれでのう。そもそも、わしの剣の師匠でもある」
苦笑する彼の返答を聞き大天狗は目を丸くする。
「出雲にいた頃の夢のなかのことじゃ。話の腰を折ってすまん。続けてくれ」
大天狗はわざとらしくひとつ咳払いをいれ言葉を続けた」
「ともかくその刀にはおそらく天魔雄様の魂が宿っておる。天邪鬼どもはそやつの母君からの迎えであろうな」
「こやつに母がいると?」
大天狗は大仰にうなずく。
「天魔雄様の母にして素戔嗚様の娘、天逆毎様。天邪鬼だけでなく我ら天狗の祖とも言われておる。しかし、まずいのう」
「なにがじゃ」
「そこに天魔雄様の魂があるとすれば、天逆毎様が同時に肉体を求めても不思議ではないということよ」
そこまで聞いて躯血は嫌そうに顔をしかめる。
「おい、まさか……」
「神の魂を納められる人の器ともなれば限られる。日護女はその代表みたいなものじゃ」
自慢話をするかのようにふんぞり返る大天狗に対し、躯血は苛立たしげにがしがしと頭をかきむしる。
「面倒な話じゃが、そもそも日護女とはなんだ」
「お主、神職ではなかったのか」
「端くれと申したであろう。社の警備とかそういったことを長いことやっておった家系に生まれただけじゃ」
ばつが悪そうに語る彼に、大天狗は大きな鼻を鳴らす
「そうよな。日護女とはいってみれば人と妖を結ぶ架け橋になろうか。もしくはあの世とこの世の境界線をあやふやにする者とも言えるかもしれんな」
「なんだか雲を掴むような説明じゃのう」
「とはいえお主も遠目に見たであろう。彼女が呼んだ大太法師が大百足を撃退してのけたのを」
空狐の力で朱火の屋敷まで運ばれている最中だった。動きが鈍っていた大百足に対し後ろから歩みよった大太法師が掴んで運び去ってしまう。
あれには流石の駆血も言葉を失った。しかも有脩の話ではのっぺらぼうが小さな箏に姿を変えたという。
「わしらに伝わる伝承によればあと三体、神に等しい力を持つ妖が日護女を守っておるらしい」
「あれに等しい妖があと三体か。妖に好かれる娘だとは思っておったが、底が知れぬのう」
「正直に申すと日護女に関してはわしらもわからぬことが多い。300年に一度、高貴な血の元に生まること。わしらをも軽く凌ぐ妖力を持つこと。神にも等しい妖を四体従えておること。わかっておるのはそれくらいじゃ」
「それが神の依代になれる証ということか」
「天逆毎様がそう考えていてもおかしくないということじゃ。あの方であればわしらよりも日護女について知っていても不思議はないしな」
そこまで聞いて躯血は首を捻る。
「それならばなぜ自分でこないのだ。息子の魂と肉体、どちらもまとめて手に入れられる機会なのであろう? 素戔嗚の娘であるならば神。わしらが束になろうと相手にならぬのではないか」
「天逆毎様はどこぞに封じられていると聞く。おそらく封印の隙間から力を飛ばしておるのだろう。大百足が復活したのもおそらくそのためだ」
駆血の背筋を悪寒が走る。
「おい、まさか――」
彼が脳裏に浮かんだ不安を口にする前に、傷を負った烏天狗が転がりこんでくる。
「大天狗様、たいへんでございます! 日護女様が、日護女様がこやつの連れにさらわれてしまいました!」
予想もしない言葉に、躯血の開いた口がふさがらなかった。




