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妖刀 益荒男  作者: 地辻夜行
四章 日護女
23/28

(二十三)

 空狐がどうと倒れる。力なく瞼を閉じると、そこに倒れていたのは先程までの白き妖狐ではなく、黒髪の美麗な娘の常盤(ときわ)だった。

 大天狗は彼女を一瞥すると、団扇をひと振りする。風の塊が半身が地面に埋まっていた(ぬえ)に直撃し、獣の妖は塵となって消えた。

「日護女の価値もわからぬ獣であったが、最後によい仕事をしてくれたわい」

 大きな鼻をプルンと揺らし、豪快に笑う。

 やがて咳払いをひとつして身だしなみを整えると、朱火に歩み寄る。

「待て。それ以上、朱火様に近づくことはまかりならん!」

 体制を立て直した有脩(ありなが)たちが間に割って入ろうとする。大天狗は面倒そうに団扇を横なぎに払う。陰陽師たちの手前の地面に、深い亀裂がはいった。

「その線を越えてくれば、容赦なく殺す。お前たちに日護女は守れん。これからはわれら天狗がお守りいたす。()ね」

 前に歩めなくなった有脩は、歯噛みしながら倒れている常盤を見やる。管狐が心配そうに寄り添っていた。狐憑きの助力はあてにできそうもない。しかも、よろよろと烏天狗たちも戻って来た。かなり疲弊しているようだが、それは陰陽師たちも同じ。大天狗の思惑を防げるとは思えなかった。

「待たせたな、日護女よ。それでは我が屋敷に参ろうか」

 大天狗は朱火の前にかがみこみ、満面の笑みを見せる。

 彼女の肩に手をおくと、ひとつ咳払いをした。

「だが、その前に誓いの接吻を――」

 照れくさそうに目をとじ、唇をとがらす。対する朱火は、無表情で彼の鼻を見つめている。

「たわけたことを申すな、痴れ者が!」

「ぶふぉわ!」

 大天狗が、ずざざざと派手な音をたてて地面に転がる。その横顔には、くっきりと草履のあとがついていた。

「おかえり」

 朱火の表情はかわらなかったが、声音には嬉しさがこもる。

 真の姿を取り戻した益荒男の切っ先を大天狗に向けたまま、躯血は朱火の頭に手をのせる。

「遅くなってすまなかったのう。だが、よう頑張った。お主の友人の活躍見えておったぞ」

 大太法師(だいたらぼっち)が褒められたのが嬉しかったのか、彼女は胸を張る。その頬はほんのり赤い。

「空狐殿、常盤は?」

 常盤の顔を心配そうにのぞき込んでいた、空色の狐に声をかける。

「鵺の毒が回っております。我が責任もって抜きますので、天狗の後始末をお願いいたします」

「任された」

 駆血が、すまなそうに語る空孤に頷いてみせる。

「さて、このような幼き娘を嫁にしょうとする狂人よ。退けばよし。退かぬなら……」

 大天狗をにらみながら、益荒男を鞘におさめて抜刀術の構えをとる。鞘は短兵衛の作り置きを買い取ったものだ。霊木の鞘は後日の受け取りである。

「ぐぬぬ、人間のくせにわしに傷をつけるとは生意気な! そもそも幼き娘の前で股間を大きくしとる変人に狂人呼ばわりされる覚えはないわ!」

「好きでたてておる訳がなかろうが」

 醜い変人同士の言い合いが、緊張感のあった場をかき乱す。

 大天狗の怒りに応え、烏天狗たちが躯血に襲いかかる。爆裂音がしたかと思うと一体の烏天狗が倒れ、残った妖たちもその場に固まった。

「いやいやいや。躯血殿にお会いしてから妙なものばかり見えるな。こやつら烏か、人か?」

 銃口から煙を吐きだす短筒を構えた信長が、戸惑った声をあげる。

「あやつ、何かに憑かれておるな?」

 大天狗は目を細めるが、彼の目をもってしても、信長の内に潜むものは見えなかった。

 そもそも、彼に信長を気にしている余裕はない。目の前の男の方が、その手にした刀の方がよっぽど危険な香りがする。

「旦那、天狗の相手をしてる場合じゃなさそうですぜ。とんでもない数ですよ!」

 躯血の胸元から、跳びだした(いたち)が、身体を震わせながら叫ぶ。

 周囲にはいつの間に集まったのか、天邪鬼が十数体は集まっていた。

 この状況に目をむいたのは大天狗だ。

「逆立ちの鬼? もしや、こやつらが天邪鬼?」

 呟いてから視線を再び、益荒男の納められた鞘に戻す。赤ら顔が見る間に青くなっていく。

「つまり、その刀が天魔雄(あまのさく)様か⁉」

 大天狗の言葉に躯血は眉根を寄せる。

「こやつは妖刀益荒男じゃ」

「人の子の呼び名など知らんわ! わしはその刀の正体を聞いておる!」

 大百足を前にしても不遜な態度を崩さなかった大天狗が、狼狽した様子で頭を抱える。

「待て待て待て。刀が本体である訳がない。すると魂が封じてあるのか? それが日護女の元に? まさか大百足が復活したのは天逆毎(あまのざこ)様が動いてらっしゃるからか?」

 躯血は、なにやらブツブツ言い始めた大天狗から、天邪鬼たちへと殺気をむける相手を切り替える。

「織田殿、この娘を頼む!」

 言うが早いか集まって来た天邪鬼の群れに突っ込んでいく。

 抜刀とともに一体の天邪鬼の身体が胴から真っ二つに分かれる。しかしながら多勢に無勢。すぐに取り囲まれ防戦一方に陥る。

 そんななか、何体かの動きが止まる。躯血の耳に届くは陰陽師の(まじな)いの言葉。

 さらには後方から飛んできた風の塊が、数体の天邪鬼を吹き飛ばす。

 駆血の隣に苦虫を噛み潰したような、苦い顔の大天狗が並び立つ。

「なんの真似じゃ」

「事情はあとで話す。とにかく一刻も早くこやつらを始末し日護女を隠すのだ。こやつらの目につかぬようにな」

「……よかろう。ひとまず休戦じゃ」

 不承不承頷いた彼と渋い顔をした妖が、人を小馬鹿にしたような逆立ちした鬼の掃討にとりかかった。 

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