表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖刀 益荒男  作者: 地辻夜行
四章 日護女
22/28

(二十二)

「ついに来たか!」

 常盤(ときわ)の身体を借り受けた空狐(くうこ)は舌打ちすると、(ぬえ)を踏みつけている足に力をこめた。鵺が悲しそうにひと鳴きし、地面にめりこむ。

 彼女はそのままふわりと上空へ浮かび上がる。

大天狗(おおてんぐ)、力を貸せ。ヤツも鵺と同じで日護女(かごめ)様の生死は問わぬぞ」

 迫る大百足(おおむかで)をにらみつけていた大天狗が深々とため息をつく。

「いたしかたあるまい。いまからでは逃げるのもままならん」

 彼は表情を柔らげ朱火の頭をなでる。

「すぐに迎えにくる。しばし待っておれ」

 彼女の返事を待たず、大天狗は翼をひろげ飛び上がり空狐と並ぶ。

「勝てるか」

 見る間に大きくなっていく大百足に目をやりながら、嫌そうに問いかける。

 大百足は樹木をなぎ倒し、地響きを立てながら迫っている。しかしながら、妖力のない人間では、突風が駆け抜けているようにしか見えぬ。もっとも、大百足の姿を見ただけでも、胆力のないものでは命を落としかねない。人にとってはこの姿が見られないことは幸運であった。

「無理であろう。あれの堅さは伝説じゃ。神の力かそれに付随する力でもないとのう」

 冷静にかたる空孤に、大天狗は面白くなさそうに鼻をならす。

「奴にも通る刃の使い手が、四半刻もたたずに参る」

 空狐が言いつつ両手を前につきだすと、風が集まり球体をなしていく。

「要するに時間稼ぎか。よかろう。これも日護女を嫁に迎えるためじゃ」

 大天狗が団扇をかかげると、同じような風の玉が生じた。

 二体の妖が揃って風の玉をうちだす。ふたつの風の塊は交わり、さらに大きな風玉となり、がまっすぐに突き進んでいた大百足の頭に直撃する。

 妖の巨体が見えない壁にぶつかり、進撃が押しとどめられる。しかし、大きな妖力を含んだ風玉も足を止めるのが精一杯。それどころか、大百足はじりっじりっと前に出る。受け流すという知恵がなかったのが唯一の救いであったろう。

 空狐の顔は真っ青に、大天狗の顔はこれまで以上に赤くして、自分たちが作りだした風玉に妖力を送り続ける。

 そんな中、妖たちの力比べを眺めていた朱火の瞳に炎のような赤き光が宿る。彼女は自身にしがみついていたのっぺらぼうと向かいあう。

「手伝ってくれる?」

 のっぺらぼうの身体の震えがピタリととまり、彼はこくんと頷いた。

 朱火が両の手でのっぺらぼうの頬を挟みこむと、彼の身体が光に包まれる。

 光がおさまるとそこにのっぺらぼうの姿はなく、朱火の手のひらに小さな(こと)が残った。

 彼女は顔色ひとつかえず、()に背をむけ、器用に小さな箏の弦をはじく。

 澄んだ音色が赤く染まりはじめた空にとける。

「日護女、日護女。加護の中の杜璃(とり)は、いまいま出やる。夜明けの番人。弦と神が()べた。後ろの正面参れ」

 朱火が祈りのような歌を口ずさむと、その背から赤い影が音もなくするすると伸びた。

 

 京より遠く離れた駿河の地。

「おかあ、あれ見て! 途方もねえだ」

 男の子が赤ん坊をあやす母親に、はしゃいだ様子で声をかける。

「あらあら、どうしたの」

 母親は飛び跳ねる子供が指さす方を見る。

 本日も霊峰富士はどっしりと腰をすえ、駿河の民を見守っていた。

「富士が動いてる!」

 興奮しきりの息子に、彼女は首をかしげる。

 当然ながら富士は動いていない。しかし、我が子の様子は決して嘘をついているように見えない。

 母親は漠然とした不安に襲われる。半刻ほど前に地震があったばかり。

 なにかよからぬことが起きる前兆ではないかと感じたのだ。

 だが、息子が富士へ楽しそうに手を振るばかりで、他にはなにも異変は起きなかった。


「空狐! 奴を切れる刃はまだか!」

「いましばらく!」

 滝のような汗をながす二体の妖に余裕はない。協力して強力な風玉を大百足に叩きつけたが、押し返すどころか、もはや足どめにも限界がきた。

 木材が砕けるような嫌な音がしたかと思うと、大百足の額を押さえつけていた風玉が霧消する。

「ぬおっ!」

 再び勢いよく前進を始めた大百足に、空狐も大天狗もあえなく弾き飛ばされた。

 さえぎるものがいなくなり、巨大な妖は朱火を捕食せんと、彼女の背中に迫る。

 もはや朱火を救うことは叶わぬと思われたとき、大百足の動きがぴたりと止まった。

 天から伸びた巨大な手が大百足をしっかりと掴んだのである。

「おい、まさかあれは⁉」

 唖然とする大天狗の横で、空狐はうっとりとした様子で天を見上げる。

「ああ、あれが伝説の大太法師(だいだらぼっち)。日護女様の東の守護」

 大百足は巨大な手から逃れようともがくが、大百足をも上回る巨体の妖は気に留める様子もない。

 にっこりとほほ笑み、朱火の小さな背中に恭しく一礼する。彼は踵をかえすと、わずか数歩で琵琶湖へと到着し大百足を湖の底へと沈めた。湖面が激しく揺れたが、やがて静まりかえる。

 大太法師は琵琶湖から手を引き抜き振り返る。彼の大きな目に、のっぺらぼうにしがみつかれた小さな主が、手を振っている姿が映る。

 彼は再び微笑み手を振り返すと富士へと戻っていく。

 朱火の屋敷の周囲にも静けさが戻る。

 山ひとつを埋め尽くすほど集まっていた妖たちも、残っているのは大天狗と先程吹き飛んだ烏天狗たち。

「退いてくれるな?」

 朱火の元に戻って来るなり、確認してくる空孤に大天狗は苦い顔をする。

 ここで退けば、再び陰陽師たちが結界を張るだろう。今回は他の妖たちが一斉に動いたことで、自ら結界を破る必要もなく力を温存できたが、このような機会がそう何度もあるとは思えない。

 しかし、限りなく天狐に近い空狐を相手に、朱火を連れ去れるのは不可能だろう。

 大天狗が言いたくない言葉を紡ぐために口を開きかける。すると、空孤の顔が大天狗以上にゆがむ。

 彼女が足元に目を向ける。足首に蛇が噛みついていた。半身が地面に埋まった鵺から伸びた蛇が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ