真っ黒に染まった
深夜の二時。
夜はまだまだこれからと言える時間なのかもしれないが、このお店には少しの静寂が訪れていた。まさかアタシのために他の客を帰らせたのだろうか。
「今日は早仕舞いの日なんですよ」
後ろを通ったバーテンダーさんが教えてくれた。流石にたかが一人のために店を貸し切り状態になどしないか。
「あちらの席で待っていてください。今マスターを呼んでくるので」
そうして通されたカウンターの席に座り、言われた通りにじっと待つ。やがて先程店で見た、お洒落なおじさんが柔らかな笑顔を浮かべながらこちらへやってきた。
「お待たせしました。ワタシがここの店主のヒーノ・モトンです」
ヒーノと名乗ったその人は、何も頼んでいないのにオレンジジュースを出してくれた。どうやらサービスらしい。こちらは無理を言って押し掛けている側なので、グラスに口をつけるのに戸惑ってしまう。
「遠慮なさらず。サービスなのですから」
「はぁ」
せっかく勧めてもらったのに飲まないのは、それはそれで申し訳ない。意を決してジュースを口に入れると、柑橘系のすっきりとした味が緊張をほぐしてくれた。おかしいな、さっきシロカと飲んだ時より鮮明に味を感じる。
「それで、オムライスのレシピでしたっけ?」
「あ、はい」
「あれは昔、別の職場で働いていた時に教わった味なんですよ」
ほぐれた緊張が再び固まり出した。あの味はこの人が考え出したものではない。もしかすると、アタシは母の手がかりを手に入れることができるのかもしれない。
「もし気に入ったのであれば、材料と手順ならお教えできますが」
「いえ!」
心臓がバクバクする。思わず大きな声を出してしまったが、それに自分では気が付かないほどだ。
「その、レシピを教えてくれた人を探しているんです」
「それは何故でしょう?」
「母かもしれないんです」
「え?」
アタシが発した言葉にマスターは目を丸くして驚いていた。
「母、ですか?失礼ですがお名前は?」
「ブレッドです。ブレッド・ツインバード」
「ツインバード。確かにあの人の名字はそんな名前だったような…」
マスターが髭を触りながら必死に過去の記憶を掘り起こそうとしている。しかし自分のことしか考えられなかった当時のアタシは、そんなことお構いなしに質問を重ねた。
「教えてください!そのレシピ、どこで働いている時に教えてもらったんですか!?」
「ここではない街のレストランでですが。恐らくそこにはいないと思いますよ」
「どうして!」
「言いにくいのですが…。貴女の母かもしれない人は、結婚と同時に引っ越していきましたから」
聞かなきゃ良かった。
だってその答えを聞いたアタシは、目の前が真っ黒に染まったのだから。




