母親の料理の味
バーテンダーは不思議そうな表情を浮かべると、レシピを考えたのはこの店のマスター、店主だと答えた。目の前の彼は、自分ではわからないとそう言った。
「そのマスターの人と話せませんか?」
「難しいです。マスターも忙しいもので」
「お願いします!」
頭を下げて頼み込む。急に店内で大きな声を出してしまったせいか、他の客から注目を浴びてしまった。しまった。これじゃあ、ただの迷惑な客だ。
バーテンダーは困った表情を浮かべると、奥の方で常連の相手をしていたお洒落なおじさんに声をかけにいった。どうやらあの人がマスターのようだ。彼らは数十秒ほど会話を続けると、やがてバーテンダーはアタシの元へと戻ってきた。
「今は忙しい時間なので難しいですが、後からなら大丈夫だと」
「本当ですか!」
思わず相手の手をグッと握ってしまうほどには嬉しかった。握られた方は再び困惑した表情を浮かべていたが。
都合の良い時間を教えてもらい、一度シロカの元へと戻る。一連のやり取りを見ていた彼女もまた、不思議そうな顔をしてお酒を飲んでいた。…よく見れば先ほどと違うものを飲んでいる。この短時間に一杯目を飲み干したのか。
「オムライス、冷めてますが」
「うん、ありがとう」
「そんなにオムライスが好きだった。わけではなさそうですね」
「まぁ、ね」
「聞いてもいいですか。何でそんなにレシピを知りたがったのか」
シロカの疑問は最もなものだろう。今までアタシが料理に対して特別関心を持ったことなどない。そんな素振りを見せたことも無い。アタシだって、実際に口にするまで何も思わなかった。
「実はさ。さっき食べたオムライスなんだけど、食べたことがある味だったんだ」
「食べたことのある味って?」
「母親の料理の味」
先ほどまで口にしていたお酒をテーブルに置いた。真剣に話を聞いてくれるようだ。
「シロカには確か、話してなかったよね。アタシの母親の話」
「えぇ。無理に聞いておく必要もないかと」
話したことがあるのは確かダリダだけだ。アタシが自分の過去についてを話すと、シロカはその間ずっとアタシの目を見て話を聞いてくれた。
そうして話し終えたアタシを、シロカは何も言わずに抱きしめた。何だかよくわからないが、冷たい中で温かいものが見つかったような、そんな気がした。




