昔の話をして
あれは十回目の誕生日を迎えた時だ。その日の母親は、いつものように仕事へ行き、アタシもいつものように家で剣を素振りしつつ留守番を行なっていた。
アタシと母親は二人暮らしだった。父親のことは記憶に残っていない。気がついた時にはもう既にいなかったのだ。母は父の話題など口にしなかったし、なんなら父親という概念を知ったのもずいぶんあとだ。
シングルマザーでアタシを育てるというのは難しかったのだろう。アタシの記憶が正しければ、母は宿屋の料理人をメインに、空いた時間で子どもたちに勉強を教えてお金を稼いでいた。それでも満足な生活を送ることは難しかった。金銭が問題ではないのかもしれない。だが母の顔から笑顔が消え、眉間にシワを刻む回数が増えたことは確かだった。
次第にアタシは母から感謝されることが減った。謝られることも減った。最も多くかけられた言葉は、確か「どうして」だったか。その言葉の後には大体後悔の言葉だった気がする。「どうしてこんなことになったのか」「どうして私を苦しめるのか」のような。
それでもアタシは、母が自分のことを愛しているのだと信じていた。…実は今でもそう願っているのかもしれないが。ともかく当時のアタシは母の役に立てるようにと剣の練習を始めた。とは言ってもお金がないので、自分の背丈に合った木を削り、適当に振り回していただけだったが。
そんな練習もやがて身を結ぶと。強くなればモンスターを倒してお金を稼げると信じて、アタシはひたすらに木刀を振り回し続けた。
そして、最初に話した十回目の誕生日。
母は仕事に出掛けたきり帰ってこなかった。それに気がついたのは、アタシが十歳になった翌日だった。
異変に気がついたアタシは、母の勤め先の宿屋へと向かった。そこの偉い人に話を聞くと、母は規定の就業時間を迎えた後に帰宅したらしい。そこから母の情報が見つかることはなかった。
ただ一つ、村から一人で走り去ったという話を除いて。
「アタシの母親は、きっと辛かったんだと思う。どれだけ働いても裕福になれない暮らしが」
だが、せめてアタシに一言くらい何かを言って欲しかった。
勝手に産んでおいて、自分の欲望の邪魔になったら捨てるだなんて酷すぎる。そうは思わないだろうか。
「だからアタシは母が、家族ってものが嫌いなんだ」
アタシが昔の話をしている間、ダリダはずっと黙ってくれていた。途中、当時の悲しみや苦しみを思い出したために声が荒くなってしまったが、それでも沈黙を選んでくれていた。
「そんなお母さんに、会いたいの?」
そして久しぶりに動いた口はそう発する。
「うん、会いたい。もちろんまた一緒に暮らしたいとかじゃないよ」
そんなの死んでもごめんだ。お金を積まれたって拒否してやる。逃した魚は大きいというやつだ。
「一言文句を言ってやりたいんだ。叶うのなら、一発殴ってやりたい」
「いいんじゃないかな。わたしだってきっとそうしてる」
アタシたちは小さく笑い合った。こうして共感を得たのは随分と久しぶりだ。今ここに生まれた感情は、何だかとても心地良いものだった。




