姿声形がそっくりだとしても
「闇?」
「えぇ、闇です。恐れているものとでも言い換えましょうか」
そう言うと女は瓶を取り出し、その中の液体をカップへと注いだ。例の尿だ。彼女はカップギリギリまで注いだその尿を、一気に喉を鳴らして飲み干す。とても不味いアレを美味しそうに飲むその姿は異様な光景にしか見えなかった。
女はその場に膝をつき、苦しそうに息を吐くと急に天を見上げてニヤニヤと笑い出す。何か悪いものに取り憑かれているようで酷く不気味だった。
「あぁ、ふふ。あと数十分ですね」
「幻覚が見えるまでの時間ですか」
「えぇ。自分が今最も見たくないものが見えるはずです!」
「それを見ることが自分の闇と向き合うことだと言うんです?」
「自分の中にある憎悪と向き合うってのは、良いけいけんになるとはおもえませんかぁ?」
側から見ていると会話が成立しているようでしていないような。
とにかく、この街の人たちは幻覚を見るためにアレを飲んでいるのは確定で、それは自分を高めるためだということか。
だが、どうしてそれが良い経験になるのだろう。闇だとか、憎悪とかと向き合うって何なのだろう。話について行けていないアタシは頭を必死に動かすものの答えに辿り着けずにいた。するとそれを察したのか、フラフラと揺れ動く女が口を開く。
「にくいたいしょうのものだろうと、それがげんかくならばですよ。じぶんの本心から話すことができるでしょう。自分の中のモヤモヤを整理することができるでしょう」
「モヤモヤ?」
「例えば今はもう会えない人。例えば過去に決別した人。恨みの言葉や謝罪の言葉を人は抱えているでしょう。でもそれを全て吐き出すことができるのです!そう、ディアの尿ならば!」
と、セールスチャンスだと言わんばかりの口調で女は語った。フラフラとした様子も今はすっかり元通り、とまでは行かなくても呂律はもう回っている。
それに、と考える。この人の言っていることや考えていることがようやく理解できた。姿声形がそっくりだとしても、そこにいない幻覚であるならば、自分の思いを吐露することができるだろうと。
あの時、アタシが記憶の中の母に出会った時。アタシがずっと言いたかったことを言えたなら、それでアタシが強くなれるかはともかく、少しは気分が晴れたのかもしれない。
シロカもきっとそうなんじゃないかと、隣でしばらく黙っている彼女を見た。だがその表情は、アタシが想像していたそれではなく、何か苛つきを込めたような顔だった。




