目の前の彼女は
皆様、今年もよろしくお願い致します。
今年中の完結を目指して頑張ります。
最悪だ。
鼻をつまみながら向かった宿屋で一晩過ごそうとした、その晩の話だ。私とブレッドさんはそれぞれトイレに閉じこもりながら胃の中のものを吐き出していた。間違いなくあのスイカのせいだろう。
頭がぐわんぐわんする。心なしか視界もぼやけて来たような。この宿にトイレが多くて助かった。長居してても良さそうだ。
しかし、結局あの液体の正体は何だったのだろう。少なくとも体に良いものではないだろうけど、だとしたらあの店員も今頃吐いているのだろうか。
やがて口からは何も出なくなり、ただただ気持ちの悪い感覚だけが残る。ノックの音が聞こえたのでなるべく綺麗にした後に外へ出た。
「あぁ、シロカ」
真っ青な顔をしたブレッドさんと合流する。互いに今の状態は同じなようだ。
「大丈夫ですか。あ、すみません。聞くまでもないですね」
「そう言うこと。早いとこさ、この街出ちゃおうよ」
「ですね」
あれがここの一般的な食事だとしたら、ここの食べ物は口にしないほうが良いだろうし。街中を包む甘ったるい匂いで今より体調を崩してしまう前に旅立とう。
……。
深夜。
トイレの前で旅立ちを決めた、たった数時間後のこと。誰かが私を呼びかけていた。
「ブレッドさんですかぁ?」
しかし、ふと違和感を覚える。寝ぼけた目を擦りながらそのぼやけた視界を認識すると、そこには一人の女性が立っていた。鳶色のロング・ヘアをした優しい女性が。
「おはよう、城花」
「…印?」
それは、少し前に夢の中で出会った女性だった。
印は私の前で柔和な笑顔を浮かべて私を見る。その挙動の一つ一つが、私の心を酷く動揺させた。
「何で印がここに?」
「何を言っているの。ワタシと城花はいつも一緒でしょう?」
「バカな」
違う。目の前の彼女は死んだはずだ。
つい最近スォンナさんに話をしたのがこの女だ。あの日、私は彼女の死を確認したはずなのだ。少なくとも病室で彼女が『死んだ』と認識して以降、私は印の姿を見たことがない。見たとしたら、それは夢の中だけだ。
では、今のこの状況も夢の中だろうか。それだとしたら全て納得できるのだが、恐らくそうではない。夢の中ならば、いつも私は彼女の存在に対して疑問を持たないからだ。
ならば現実?死者が戻って来たとでも?
いや、違う。以前の神になりたかった神父のことを思い出せ。誰かが私に何か、幻覚を見せる魔法のようなものをかけたとかの方が納得できる。そうだ、そうに違いない。
「城花」
「黙れ!」
枕元に置いておいた剣を取り、その切先を幻覚の方へと向けた。彼女はそれでも表情一つ変えない。やはり幻なんだな。
「消えろ、幻!」
剣を構えてその幻に向かって飛びかかる。その頭から一刀両断するために。




