最後に聴いた言葉は何だっただろうか
最後に聴いた言葉は何だっただろうか。
人生で最も大事な人だった筈なのに、そんなことも思い出せない。
だって、それが最後の言葉だと思っていなかったから。
「大切な人が、私のミスのせいで傷ついてしまったんですけど」
最後は覚えていなくても、彼女が最期を迎えた理由は覚えてる。
「その傷が特別なもので、駆け込んだ病院には薬がなかったんです」
今でも思い出す。今でも夢に見る。消したくても消せない。きっと彼女に許してもらっていないんだ。
「だけど幸い、近くにある山に薬の材料があって。私たちはすぐにそれを取りに行きました」
私たちはいつもモンスターと戦っていた。死と隣り合わせの生活を送っていたのだ。だが、その時の私は、実際に自分の周りで死が訪れることなんて考えてもいなかった。
「薬の材料は見つかりました。でも私はそこでもミスをしてしまい、病院に戻るのに時間がかかってしまいました」
その時、ようやく私は理解した。
「戻ってきたら、大事な人は、既に亡くなっていました」
人は死ぬ、と言うことを。
「もし私がミスをしていなかったら、そんな妄想をいつもしてしまうんです」
頬が濡れていた。無意識のうちに涙を流していた。もう悲しみは乗り越えたと思っていた。悲しむ資格なんてないから。
「そのミスだって、多分、防ぐことができた」
私は馬鹿だ。自分が人を殺しておいて、妄想の中では彼女が生きていたもしもの世界を作っている。
「だから私は」
だから私は。
「そうか、わかった」
「え」
最後に言おうとした言葉は遮られた。隣にいるスォンナさんは空になったグラスを持ち上げ、氷をカラカラと鳴らしている。
「悪いな。胃もたれする話は苦手なんだ。最後まで聴くことはできなかった」
「…いえ」
違う、きっとわざとだ。スォンナさんは私の言いたいことがわかっているのだろう。腐った目をした人間同士だものな。
「過去の話は置いて、今の話でもしようか」
「え」
「お前、死にたくないって思っているか」
…驚いた。その質問は、遮られた最後の言葉に関係している。
「死んだ方がいいだろう、とは思ってます」
「その言い方だと、まだ生きていたいってことだろ」
「我が儘な話ですが」
私は、元の世界に帰りたいと思っている。やりたいことがあるのだ。
それに今は、私に親切にしてくれているブレッドさんの手助けをしてあげたい。それをやりとげる前に死ぬのは、何だか嫌だなぁと思ってしまう。
「慰めの言葉でも恵んでやろうか」
「あれ、適当な慰めの言葉は嫌いなんじゃ?」
「どうやらわたしも成長したようだ。少し、わたしに適当なアドバイスをした人間の気持ちがわかった」
はは、と彼女は笑った。先ほど聞いた笑い声と同じはずなのに、渇いたものではないと、そう感じた。
「その、何だ。死んだ人間には死んでから会えるだろう。その時に許してもらえるような人間になるために生きるっていうのは、悪いことじゃあ、ないんじゃないか」
スォンナさんの声のボリュームが少しずつ小さくなっていく。段々と、彼女が私から目を逸らすのがわかった。
「照れてます?」
「うるさい、こんな話をするのは柄じゃない」
「成長した証、という奴なのでは」
「だといいがな。よし、会計は成長した私に任せろ」
「お金ないですよね」
「次来た時に払う」
成長してないじゃん。
お酒のせいか赤くなったスォンナさんは店主に「また来る」というとスタスタと店を出て行った。彼女の後ろ姿に怒鳴り散らす店主に謝りながら、私は彼女の分のお会計を済ますのだった。




