32.ロゼックス事件
夜が明けて月が替わった。
同じ場所の同じ薬局に通勤したが、今日からはABC薬局の社員である。これで給料は毎月きちんと入る。借金の取り立ての電話を受けたり、電話料金の支払いの心配をすることもない。ただ薬局の通常業務だけをやればよい。
なんて楽な仕事なのだろう。
しかし、この話はまだまだ終わらない。
その日は晴れ晴れと出勤した。
もう、夢野薬局の会社ではなくなるのだから、社長は今までそこに置いてあったいくつかの備品を回収し、二階の事務所に運んでいった。
その中で特に印象に残ったのが、ロゼックスである。いわゆるFAX機能の付いたコピー機である。これは社長が不動産で利益を上げていたバブルの時期に、レンタルしたものらしい。立って書類を扱うとちょうどよい位の高さで、必要以上にいろいろな機能が付いている。
毎月ロゼックスから電話がかかってきて
「今月のカウンターの数を教えください」
と、問い合わせがある。そのカウンターの使用量によって、毎月のレンタル料が決まるのである。
当然、他の借金同様に支払いをしているはずがない。きっとここでもモップのダスコンのように、カウンターの数を聞く係と集金の係との連絡がうまくいっていなくて『払わない者勝ち』となっているのだろう。
そのロゼックス社のFAX&コピー機。
「これはウチのですから」
と、ほほえみ社長が主張した。
「どうぞ、持っていってください」
ABCとしては、すでにポータブルの小型で中古のFAXを持参していた。
とは言っても、このロゼックス。試しに私が押してみたが、ビクともしない。相当の重さである。
そのFAXが
朝、出勤したら消えていた。
今までの経緯から言って、当然二階にある事務所に運んでいったことは想像できる。しかし、ここで考えられる人物は
ほほえみ社長……六十歳過ぎ、痛風持ち
ジュンちゃんのダンナの日出夫……四十代。やせ型。
社長の奥様……もちろん若くない
社長のお嬢さん……若いが女。社長には、普段から非協力的
この、体力的にあまり期待できない人たちで、どうやってあれほどの重さの機械を、エレベーターの無い二階まで運んだのであろう。その謎はいまだに分からない。人間は欲があると、意外な力を発揮するものなのかもしれない。
しばらくして、ロゼックス社からいつもの電話がかかってきた。
「ロゼックスです。コピー機のカウンターを教えてください」
「ここは、今は別の会社に変わりました。コピー機はどこにあるか分かりません」
(多分、二階の事務所にあると思うが)
電話はそれっきりかかってこなかった。
またもや社長の
『払わない者勝ち』
となったのだろうか。




