21.ダスコン事件
「モップはここにあります。月に二回取り換えにきますので、お掃除の時に使ってください」
勤めて最初の頃、社長から教えてもらった。
経営が苦しいのが分かってくるにつれて
「ガラス窓は新聞を濡らして拭くと、インクがちょうど洗剤代わりになっていいのよ」
などと全てのことに対して工夫、節約していた。
しかしダスコンのモップは、最初の時から変わらずに二週間ごとに取り換えに来ていた。
「経費削減のため、これも断っていいんじゃないかな」
と思っていた頃だった。
「こんにちは。ダスコンです」
いつものように、ダスコンのおばさんが交換のモップを持ってやってきた。
「はい、モップはここです。お願いします」
慣れた手つきで交換した後、帰り際にダスコンのおばさんが恐る恐る私たちに声をかけてきた。
「あの…、ここの社長さん……」
「あ、はい。今、出かけていますが」
「そうですか。実はモップのお支払いが二十万円くらいたまっているのですが……」
「え、ああ。では社長に伝えておきます」
ここでも、してやられた。
社長も決して悪い人ではない。時代の流れというものがあり、その中で儲けた人もいればお金が無くなった人もいる。社長もそれなりに頑張っているのだから。
私はこの時まで、社長に対して少なからずそう思っていた。しかしこの事件が社長に見切りをつけたきっかけとなった。
電話代や薬の仕入れは、お金が無くても続けなければならない。しかしモップの交換なら、経営が苦しいと思った時点で契約を辞めればいい。一体どうやったらモップの交換だけで二十万円というまで借金を膨らませることができるのか。
そうやってマメに一つ一つの問題を解決しようとせず、ただ都合の悪いことには逃げ回り、いつか一山当てることだけを考えている。
私はあのダスコンのおばさんに
「ここの社長は借金大魔王の詐欺師だから、もうモップの交換は辞めたほうがいいですよ」
と言いたかった。しかし一応今の時点では社員なので、会社の経営状況や悪口は言うものではないのだろうと黙っていた。
ダスコンのおばさんにしても、とりあえず取り換えるのが仕事。料金の取り立ては別になっていて、ただ黙々とモップを交換しているのかもしれない。
借金というものは、理屈ではなく強く請求した順に支払われていく。そういうものらしい。




