四人の歩幅
出発の朝、集合場所には二台の荷車が止まっていた。
積まれているのは、食料と水樽、それに予備の道具だった。荷台の隅には包帯や添え木を入れた箱も見える。
エドガーは背負い袋の紐を締め直した。
隣では、レオンが腰の剣を少し後ろへずらしている。歩く時に荷物とぶつからない位置を探しているらしかった。
「おはよう。よく眠れた?」
盾を背負ったアデラが、ヨストと連れ立ってやって来た。
「ああ。そっちは?」
「いつもどおり。こいつは朝飯を食べすぎたけどね」
「昼が遅くなるかもしれんだろう」
ヨストはそう言い、腹の辺りの帯を緩めた。
レオンが笑った。
昨日の打ち合わせで、四人の大まかな立ち位置は決めてある。
道を知るヨストが先を見て、アデラとレオンが前を受け持つ。エドガーは少し後ろから、前衛の脇と後方へ目を配る。
実際に歩いて間隔が合わなければ、その都度直すことにした。
全員が揃うと、指揮を執るオズワルドが名を確認した。
笛の合図をもう一度合わせる。短く繰り返す音は注意を促すもの、長く続ける音は救援を求めるものだった。
それぞれに吹かせ、聞き分けられることを確かめてから、ようやく出発となった。
*
集落へ着いたのは、日が傾き始めた頃だった。
丘の裾に家が集まり、その外側を牧草地が囲んでいる。柵の内側には羊が寄せられ、二人の男が見張りに立っていた。
遠くにも草地はあるが、そちらに家畜の姿はない。
「奥の方が、今は使えない場所ですか」
レオンが尋ねると、ヨストが頷いた。
「ああ。手前だけで食わせてると、草が足りなくなる。長引くと厄介だな」
エドガーは柵の近くを見た。
土の露出した所が多い。羊が集まって踏み、草を食べ尽くした跡だった。
借りた羊舎は掃除され、床の一角に新しい藁が敷かれていた。荷車から食料を下ろす間に、オズワルドが村の者と話し込んでいる。
新しい被害はなかったらしい。
ただ、前日の夕方にも森の縁で姿を見たという。
荷を置いた後、各組は明日使う道の入口と、合流場所だけを確かめに出た。
エドガーたちの担当は、薪を運ぶために使われていた古い荷道だった。
ヨストが道の脇にある、枝の二股に分かれた大木を指す。
「午前はここへ戻る。道を下れば集落だ。迷ったら、無理に近道を探さず道へ戻ってくれ」
道幅は、荷車が一台通れるほど。
両側には低い枝が伸び、奥へ進むにつれて木の間が暗くなっていた。
レオンは地面を見てから、アデラの盾へ視線を移した。
「ここなら、横に並べますね」
「枝が出ている所は、あたしの後ろへ入って。左右を替える時は声をかけてくれる?」
「はい」
昨日は卓を挟んで話しただけだった。
実際の道に立つと、剣を抜く余地も、盾を回す広さも、はっきり分かる。
エドガーは二人から少し離れ、弩を構えずに射線を確かめた。
「レオン。そこから右へ動くなら、一声くれ。こっちからは幹に隠れる」
「ここですか?」
レオンが一歩動く。
「ああ。その辺りだ」
「分かりました」
位置を戻すと、アデラが盾の縁を軽く叩いた。
「こっちも、盾で見えなくなる所があるからね。声だけは頼むよ」
レオンが頷いた。
その日は森へ入らず、道を覚えるところで引き返した。
*
翌朝、草に露の残るうちに捜索が始まった。
集落には警戒の組が残り、ヴィクトルたちも、報告を受けて動けるよう待機することになっていた。
出発するエドガーたちを見つけ、マティアスが声をかけてきた。
「そちらは古い荷道でしたね」
「ああ。昼前には一度戻る」
「分かりました。こちらも、持ち場が変わる時は伝えます」
その後ろでは、ヴィクトルが仲間と図を広げていた。
レオンは一度そちらを見たが、すぐにヨストの後へ続いた。
森へ入ると、鳥の声が近くなった。
道の土はまだ湿り、車輪の古い跡に落ち葉が溜まっている。
ヨストは歩調を落とし、ところどころでしゃがんだ。
四人が止まるたび、エドガーは来た道を振り返った。レオンは前方、アデラは木の間へ目を配っている。
足跡が最初に見つかったのは、道が浅く窪んだ場所だった。
「三頭……いや、重なってるな」
ヨストが土へ触れずに指を寄せた。
「新しいのか?」
エドガーが尋ねる。
「昨夜か、今朝か。そのくらいだと思う。土が崩れた縁も、まだ乾いてない」
跡は道を横切り、低い藪へ続いていた。
ヨストはすぐには追わず、先の道にも同じ跡がないか確かめた。
その時、藪の奥で枝が鳴った。
アデラが盾を下ろす。
レオンも剣を抜いた。
木の間から、茶褐色の頭が出た。
牙犬だった。
大型の猟犬ほどの胴に、太い首。唇の脇から、長い牙が覗いている。
一頭が止まり、その後ろでも葉が揺れた。
「三頭、見える」
エドガーが言った。
ヨストが弓を構えながら下がる。
アデラが道の中央へ立ち、レオンはその脇に位置を取った。
先頭の牙犬が低く唸った。
アデラは盾を身体の前へ置き、半歩だけ進む。
魔物が地面を蹴った。
*
ヨストの矢が、先頭の肩へ刺さった。
牙犬は脚を乱しながらも飛び込み、アデラの盾へぶつかった。重い音がして、彼女の踵が土を滑る。
だが、盾は倒れなかった。
レオンが横から踏み込む。
剣が首筋を斬り、牙犬が地面へ落ちた。
次の一頭は盾を避け、レオンの側へ回り込もうとしていた。
「右、出ます」
レオンの声がした。
エドガーはそちらへ向けていた弩を止め、後ろの一頭へ狙いを移した。
レオンが二頭目の鼻先をかわす。
短い踏み込みだった。
剣を振り下ろすと同時に位置を変え、魔物の身体が自分へ倒れかかる前に抜けている。
三頭目がその背へ向かう。
エドガーは矢を放った。
矢を受けた牙犬が横へ転がり、すぐに起き上がろうとする。
「残り一頭」
レオンが向きを変えた。
「待て。後ろは見てる」
エドガーが声をかけると、レオンは追い足を止めた。
その間にヨストが二本目をつがえる。
牙犬が前脚を伸ばしたところへ矢が入り、身体が沈んだ。
藪の中から、新たな動きはなかった。
四人はしばらく、そのまま周囲を見続けた。
*
「怪我はないね?」
アデラが盾を下げずに尋ねた。
それぞれが返事をする。
レオンにも、傷はなかった。
エドガーは弩を巻き上げ、新しい矢を置いた。それからようやく、近くの幹へ背を寄せる。
「早いね、あんた」
アデラがレオンへ言った。
「盾に当たったところで来てくれると、こっちも楽だ」
「止めてもらえたので。思っていたより、動く場所がありました」
レオンは剣を構えたまま、短く答えた。
息はほとんど乱れていない。
足を置く場所も、盾から離れる距離も見ていた。二頭目に回り込まれた時にも、慌てて大きく跳ばず、必要な分だけ身体を動かしている。
エドガーは、倒れた牙犬へ目をやった。
レオンにとっては、戦ったことのある相手だ。
自分がどれほど動けば牙を避けられ、どこを斬れば止められるかを知っている。その確かさが、動きに出ていた。
「まだ余裕はあるか」
尋ねると、レオンは頷いた。
「はい。このくらいなら、強化を抑えていても動けます。先は長いですし」
魔力を残す判断そのものは、間違っていない。
エドガーも頷いた。
「何か違ったら、その時は立て直すぞ」
「はい」
レオンは剣の血を拭い、藪へ目を戻した。
*
ヨストが、魔物の出てきた場所を確かめた。
エドガーたちは道から離れず、彼の周囲を見ていた。
ほどなく戻ってきたヨストは、首を傾げていた。
「こいつらだけの跡じゃないな。ほかにも通ってる」
「奥へ続いてるのか」
「ああ。ただ、ここからじゃ数が読めん。道に沿って、もう少し先を見たい」
担当の範囲内だった。
エドガーは頷き、倒した三頭の位置を確かめた。
道のすぐ脇で、荷車の通りを塞いではいない。処分に戻る時に分かるよう目印を残し、まずは周囲の確認を続けることにした。
少し進むと、木の間隔が広くなった。
古い切り株がいくつも残っている。ここだけ空が明るく、地面には若い草が伸びていた。
ヨストが、その端で足を止めた。
「ここにもある」
湿った土に足跡が重なっていた。
先ほどの三頭より、明らかに多い。
レオンが腰を落としかけ、ヨストの見ている所を避けて立ち止まった。
「同じ方へ向かってますね」
「ああ。森から出てきてる」
ヨストは顔を上げ、木立の奥を見た。
エドガーもそちらへ目を向ける。
まだ何も見えない。
ただ、牙犬が通った跡は、ここでゆっくり歩いたものには見えなかった。土が深く蹴り返され、草が長く倒れている。
「ここで一度、戻るか?」
アデラが尋ねた。
ヨストが答えようとした時、奥で短い鳴き声がした。
一声では終わらなかった。
枝が揺れ、何かが藪を突き抜ける音が続いた。
レオンが剣を抜き直した。
エドガーは弩を肩へ当てる。
木の間から牙犬が飛び出した。
一頭、二頭。
さらに、その後ろにも走る姿があった。
先頭の一頭が四人に気づき、急に進路を変えた。こちらへ牙を向けることもなく、切り株の脇を抜けていく。
次の一頭も、それを追った。
エドガーは引き金へかけた指を止めた。
「追うな」
レオンの足が止まる。
魔物たちは、四人の向こうを見ていなかった。
走りながら、背後を振り返っていた。




